【双葉社】
『リセット』

垣谷美雨著 



 もし人生をもう一度やり直すことができたら、というのはなかなか興味深い命題であるし、また古今東西そうしたテーマをあつかった小説はいくつもあるのだが、仮にそんなことが可能だったとして、何十年も前に遡って自身の人生をやり直すというのは、よくよく考えてみると相当に面倒臭いことでもある。少なくとも私自身にかんしては、たとえば高校時代に戻ってもう一度受験勉強をやり直せ、と言われたら、ほぼ間違いなく拒否するだろうという自信がある。あれほど懸命に勉強したのは後にも先にもあの時期だけであるし、今にして思えばああした体験もけっして無駄ではなかったと言うこともできるが、それはあくまで一生に一度だけ、という条件があるからこそのものであって、そうそう何度も受験勉強をさせられては、それこそこちらの身がもたない。

 戯れに「人生をやり直してみたい」と思うことはあっても、本当に、心の底から人生をやり直したい、と思う人は、じつはそれほど多くはないのでないか、とふと考えることがある。上述したように、人生をやり直すというのはなかなか面倒臭いものだ。だからこそ、本気で人生をやり直したいと思う人には、それ相応の理由――それこそ、大切に思う人の生死がかかっている、といった深刻な問題がからんでいなければ、動機としては不充分だということになる。

「そうそう、だから私は失敗ばかりして苦しかったんだよ。うん、そうだよ。今、私は彼岸に立っているんだ。きっとそうだ。今度は失敗しないで、極楽浄土にしてみせる」

 三人の女がいた。ひとりは専業主婦だが、女優としての人生を夢想していた。ひとりはキャリアウーマンだが、結婚して家庭をもつことを望んでいた。ひとりは独身のパート勤務だが、とにかく平凡な暮らしにあこがれていた。本書『リセット』は、この三人の女性――香山知子、黒川薫、赤坂晴美が現在の記憶をたもったまま三十年前の過去、つまり彼女たちが高校三年生だった時期に戻されてしまうという話であるが、同じ高校の同級生でもあった彼女たちの、人生をやり直したいという思いには、それこそ人の生死にかかわるような「取り返しのつかないこと」ほどの切迫した理由があったわけではない。いや、それぞれの立場にしてみれば、それは切実な願いであったのかもしれないが、それは人生をやり直したいというよりは、むしろ「幸せになりたい」という女としての願望によるものだ。

 この「幸せになりたい」という願望は、同著者の『竜巻ガール』にも共通する著者の一貫したテーマのひとつであるが、本書におけるタイムスリップの要素もまた、そのSFとしての仕掛けなどはそれほど重要なものではなく、それに巻き込まれた彼女たちが、むしろ「人生をやり直す」という行為に、それぞれのあらたな幸せを模索していくという過程こそが重要だと言える。結婚はこりごりだと思っていた知子は、今度こそはと女優としての道を行くと決意し、家庭を築けなかったことにコンプレックスをもっていた薫は、前の人生では知子の夫だった浩之との結婚をめざし、前の人生では変な男にひっかかって妊娠し、高校を中退せざるをえなかった晴美は、そのルートを回避したうえで彼女の考える「玉の輿」を狙うことになる。

 知子、薫、晴美の三人の主体が交互に入れ替わりながら進んでいく本書のなかで、それぞれが自分以外の女の境遇についてちょっとした羨望をいだいていたりするのだが、他人にとっては羨ましがられるようなことでも、当の本人にとっては苦痛でしかない、といった認識の食い違いが明確になっていく過程が本書の醍醐味のひとつである。それでなくとも三人にはそれぞれプライドというものがあり、自身の境遇について、他人に同情されたくはない、という思いからつい調子のいいことを言ってしまったりもする。そうしたいかにも人間らしい狡さや見栄を描きつつ、ひょんなことからはじまってしまった第二の人生において、彼女たちは必死になって自分なりの幸せを目指して奮闘していく。これまでとは違った人生をおくること――それはじつのところ、これまでとは違った自分になることと同義であるのだが、はたして人というのは、そうそう簡単に変わっていけるものなのだろうか。そして人生というものは、それほど思いどおりになるものであろうか。

「本当にうまくいかないね、人生って」

 前述したが、彼女たちの本当の望みがタイムスリップではなく、女として「幸せになること」であるとすれば、彼女たちが本書のなかでしてきた努力は、タイムスリップによる人生のやり直し、という特異なイベントとは基本的には無関係だ。それはタイムスリップという要素を扱った物語としては、決定的に破綻しているといえる。だが、たとえそれがどれだけみっともなく、浅ましく人から映ろうとも、自身の目指す幸せのために懸命な努力をつづけていく姿を描いていこうとするものであるとすれば、本書はこのうえない成功を収めていると言うことができる。

 そして、本書に登場する三人の女性のなかで、もっとも良い方向に変化することに成功したのは、他ならぬ香山知子だ。もちろん、本書のなかで香山知子のパートにもっとも多くの文章が費やされている、ということもあるが、そういう意味では、本書は知子の成長物語という側面をもっている。なぜなら黒川薫にしろ、赤坂晴美にしろ、タイムスリップによって彼女たちが学んだのは、自分の性格の再認識であり、基本的な部分では変わっていないのに対し、知子の場合、それまでの自分のままでは駄目だ、という認識をもち、意識して自分を変えていこうとする姿勢が見えてくるラストになっているからだ。それは、自身の幸せのためなら、多少なりとも図太く生きていかなければ、という彼女の強い思いの現われであり、同時に著者自身の思いでもある。

 本書はタイムスリップをあつかった物語であるが、それ以上に、人として、女としての幸せ探しの物語でもある。もし人生をもう一度やり直すことができるとしたら――現実問題として、そんなことは起こりえるはずはないし、また仮定すること自体が無意味である。だが、もしもう一度人生をやり直すだけの努力を本気でやろうという気があれば、たとえタイムスリップなどといった奇跡など待つことなく、自身の力で充分現状を変えていけるはずなのだ。本書は何よりも、そうしたことを読者に教えてくれる作品でもある。(2008.08.07)

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