【河出書房新社】
『くぐつ小町』

加門七海著 



 小野小町を「衣通姫(そとおりひめ)の流れなり」と評したのは、たしか紀貫之であったと思う。あまりの美貌のために、その美しさが衣の外へと通りぬけて溢れ出ると言われた伝説の女性にたとえられるほどの、絶世の美女としてその名を知られる小町だが、その生涯は意外と多くの謎に包まれているという。良く言えば神秘的、悪く言えば得体の知れないその美女を、古今を問わず多くの芸術家が謡曲や戯曲などといった形で表現しようと苦心してきたが、平安という、蝶よ花よと歌を詠む華やかさの裏で、魑魅魍魎が跋扈し妖しげな呪術が横行する時代のせいか、あるいは小町が詠んだ歌の、触れれば砕けてしまいそうなほどの繊細さのゆえか、単純な恋愛物語で終わる作品は少ない。

 本書『くぐつ小町』を執筆するにあたって、著者はまず「小野小町なる女性は、本当に存在したのだろうか」という疑問から入ったのだろうと思われる。その結果、作品の中に生まれてきた小町は、身の毛もよだつほどの過酷な運命を背負わされることとなった。

 いつの時代かは定かではない。あるいは「卒塔婆小町」ということばが出るところから推して、室町か、もしくはそれ以降の時代か。ともかく、小町の存在が伝説として謡曲に語られるのみとなった時代に、能面を彫る氷見という名の男と、その傍らにたたずむ謎の美女が、問わず語りに語り出す、小野小町の物語――それは、魂魄を自在に操る小野一族に連なり、地獄へおもむき冥府の官を勤めるとまで云われた小野篁朝臣の娘として、偽りの生を生きなければならなかった、同じく小野一族の女の物語である。
 死んだ女の魂を、霊力を宿した人型につなぎとめ、現世に生かしつづける――一見するとファンタジーのようにも思われる、この荒唐無稽な設定は、しかし小野小町という、数多くの謎に包まれた絶世の美女を際立たせるには、むしろ絶好の設定だと言える。類い稀なる美貌を持ち、詩歌の教養にも優れ、また歌に言霊を乗せて天をも揺るがす力をも兼ね備えた、まさに完璧な女性として語り継がれる小町に、ただの人間であるという設定は、あまりにも器が小さい。

 さらに、このような設定と、日本の平安時代という独特の雰囲気を出すために、著者は明かに和歌のリズム(五七調、または七五調)を思わせる文体で物語を語らせ、それに成功している。

 神代より始まる歌の御事。文字を整え、読む言の葉の風情あること。初を編む玉章のゆかしさは、鬼神の心をも動かす様子。
 のみならず、さらに伝え聞く。
 花の容輝き、桂の黛青うして、髪豊かにして丈に余る、と。
(中略)
 ひと目見ようと、文交わそうと、娘の許を訪れる足音は絶えることもない。しかし未だ御簾内に入り得た人はないと聞く。

 人ならざるものであるがゆえに、小町に恋をする心はない。おのれの住まう屋敷の外にある世界を知らない。有名な深草少将の「百代通い」も、彼女にとっては妖の気配となって怯えさせるのみである。何も知らない童女のように時を過ごす小町は、しかし、いずれ気づくことになる。小野篁が自分の魂に施した外道の術、そしてその代償として課せられた呪いの重さを。その瞬間、ふたつの時代を隔てて語られていた物語が一本の線でつながり、薄野に打ち捨てられた髑髏が、旅人に嘆きの歌を投げかける。

 六道輪廻からはじき出された魂が背負った孤独――悟る道も、地獄へ落ちる道をも閉ざされた魂の孤独は、いったいいかばかりのものであろう。晩年の小野小町は孤独のうちに身を置いたと言われているが、その孤独にこのような解釈を与えた著者の『くぐつ小町』、ただの伝奇小説として片づけるには、あまりに惜しい作品である。(1999.04.12)

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