【静山社】
『ハリー・ポッターと賢者の石』

J・K・ローリング著/松岡佑子訳 

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 魔法という言葉は、常に相反するふたつの要素をかかえた二面性とともに語られる。ひとつは、自然界の法則や、人類が生み出したり発見したりしてきた科学技術などでは説明することのできない奇妙な力、という意味で、文字どおり「悪魔の法」――何か人知を超えた存在と契約を交わしたり、魂を売り渡したりすることで力を得て、世界を混乱に陥れようとたくらんでいる邪悪な力としての魔法である。もうひとつは、前者とはまったく逆で、説明のつけられない力ではあるのだが、人々を不幸にするのではなく、幸福をもたらす奇跡の力の源として語られる魔法である。前者は未知の力への恐れから、後者は憧れから人々が生み出した、「魔法」に対する両極端なビジョンであり、その根本にある「不思議」という要素は変わらない。にもかかわらず、とらえかたひとつでこれほどまでに異なったイメージを持たれてしまう「魔法」は、その存在自体がまさに大いなる魔法ではないかと私などは思ってしまう。

「もしこんな魔法が使えたら」「魔法がもっと身近なものだったら」という人々の憧れは、過去に『メアリー・ポピンズ』や『コメットさん』、あるいは『魔女の宅急便』といった名作を生み出してきたが、こうした作品に共通するのは、いずれも「不思議があたり前」という、魔法のもっとも魅力的な部分を強調し、想像力溢れる子どもたちの心をとらえてきた、というところにある。そして、本書『ハリー・ポッターと賢者の石』において、ついに魔法はひとつの学問として、学校という、子どもたちにとって身近な場所で教わるものとなった。それはまさに、魔法という「不思議」を、科学技術と同じような「あたり前」のものとして結びつけ、なおかつその魅力を損なうことなく、ひとつの冒険物語として仕上げるための、大きな機能を果たしたと言うことができるだろう。

 主人公ハリー・ポッターは、偉大な魔法使いとしての力を秘めた少年であり、かつて邪悪な魔法使いにその命を狙われながら、唯一生き残った「伝説のヒーロー」という役割を背負ったキャラクターである。ただ、彼はそれまで魔法などいっさい信用しない親戚の家で育てられてきたため、自分が魔法界ではそれほどの有名人であることはもちろん、自分が魔法使いであることさえも知らない。本書はそんなハリー・ポッターが、11歳の誕生日に「ホグワーツ魔法魔術学校」への入学を認められ、魔法使いとして日々勉強したり、そこで出会った友達との交流を深めたりしながら、最後にはかつて両親を殺した邪悪な魔法使いと対決する、というストーリーである。

 それまでいじめられてばかりの冴えない少年が、運命に導かれるように、まったく違った自分への道を歩みはじめる、というのは、世の子どもたちの多くが憧れる変身願望のひとつであるが、本書の世界設定における魔法使いと人間、魔法使いたちの世界と人間たちの世界は、厳密なところまでは不明だが、基本的にはきちんと二分されるべきものとして考えたほうがいいだろう。魔法使いたちが普通の人間たちを「マグル」と呼ぶことや、魔法学校へ行くのに普通の人には見えない「9と3/4番線」からの列車に乗らなければならない、というところを見ても明らかだろう。そして、そういう意味で、本書はたとえば小野不由美の『月の影 影の海』と同じ性格をもつファンタジーなのだ。それは、「異世界を冒険する話」ではなく、「異世界へと還っていく話」ということでもある。

 だが、『月の影 影の海』の陽子が長い間、自分がずっと属していた人間の世界と、自分が本来いるべき「十二国」の世界とのはざまで迷いつづけていたのとは違い、普通の人間として育ったはずのハリー・ポッターに、「異世界」へ渡ることへの迷いはほとんどない。もちろん、それまでのハリーの境遇が、いじめられてばかりでけっして幸福だったわけではない、という事情もある。しかし、あたかも物語のはじめから、自分の受け入れるべき宿命を知っていたかのように、何のためらいもなく「偉大な魔法使い」への道を歩みはじめてしまうハリーの姿は、たしかにそれまで多くの読者が指摘したように、どこか人間らしい悩みや葛藤といったものとは無縁であり、そのあたりを不満に思ってしまうのは、読書好きであればこそわかるような気もする。だが、そのことで本書の面白さが損なわれている、と言うのであれば、それは間違いだと答えなければなるまい。

 伝説の幻獣ドラゴンやユニコーン、空飛ぶ箒を使ったスポーツ、どこか愉快なゴーストやポルターガイストたちの存在、さまざまな仕掛けが施され、封印された部屋に怪物が潜んでいる学校内部、透明マントや人の欲望を映し出す鏡といった不思議なアイテム、そして邪悪な魔法使いとの戦い――本書に書かれている魔法使いたちの世界は、まさに「不思議があたり前」の世界であり、子どもたちが食べるお菓子ひとつとっても、人間たちの生きる世界とはまるっきり違った「魔法」という要素に溢れている。そうした魔法界の住人である魔法使いたちが、はたして我々人間と同じようなものの考え方をするだろうか。ましてやハリー・ポッターは、邪悪な魔法使いの力を退けるだけの素質をもった魔法使いなのだ。

 彼が魔法使いとして、その名に恥じないよう努力するのは正しいことであっても、彼が人間としてのつまらない葛藤にとらわれてしまうのは、まったくのお門違いであり、物語の面白さ――魔法と冒険でいっぱいの魅力的な世界のイメージを壊すことになりかねない。そしてそれは、なにより著者の望むところではないだろう。

 魔法使いと人間とはきちんと二分されるべきものだ、と先に述べたが、本書が人間の物語ではなく、魔法使いの物語である以上、あくまで「不思議があたり前」の価値観を貫くことで完成したハリー・ポッターの物語は、だからこそ多くの子どもたちを夢中にさせているのだと言ってもいいだろう。現代の閉塞観ただようマグルたちの世界とは無縁のファンタジー ――その大いなる魔法は、まだまだとどまるところを知らない。(2002.01.19)

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