へいじつや
『大王と言葉遊び』

古戸マチコ著 



 一九九九年七の月、恐怖の大王が降ってくる――20世紀末に流行したさまざまな終末思想のなかでも、もっとも有名なのがこの「ノストラダムスの大予言」であるが、すでに21世紀を迎えた今日、彼の予言した「恐怖の大王」の正体が何だったのか、いったいどれだけの人が気にとめていることだろうか。

 言うまでもないことかもしれないが、予言や神託といったものは、けっして物事をはっきりと表現することはない。解釈によってはどのような意味にも受け取ることのできるような言い回しを多用するのが予言の常套手段なのだが、そのなかでは珍しく「一九九九年七の月」と時間を限定してきたこの予言については、だからこそそれなりの信憑性があったのだと言えなくもない。しかしよくよく考えれば、ノストラダムスがこの年代まで生きていることはありえないわけであり(彼は1503年12月14日生まれのフランス人です)、その予言がはずれた場合の責任をとらされることもない、といった事実をかんがみると、けっきょくは人々を騒がせるだけの虚無妄言のたぐいだった、ということにもなる。もっとも、なかには「人間には見えない形で、すでに恐怖の大王は降りてきている」と解釈する人もいるにはいるが、それが真実かどうかはともかくとして、しかしこの「ノストラダムスの大予言」が、当時のクリエイティヴな職業に就いていた人たちに大きなインスピレーションを引き起こすものだったことだけは認めなければなるまい。

「真夜中、お前の額に『こんさば』と書いてやる……」

 このなんとも珍妙な台詞からはじまる『大王と言葉遊び』という作品は、インターネット上に公開されているコメディータッチのショートショートであるが、この台詞の主である「大王」もまた、そうとうに珍妙なシロモノだ。なにしろ、その外見は「どう見てもフタのない空き缶にしか見えない」という、「大王」の表現が持つ禍々しいイメージからは大きく逸脱した姿をしているのだ。糸のようなほそい手足と、あるのかないのかよくわからない小さな点目のついたそれは、話が進むにつれていつのまにか宇宙人という設定になってしまったようだが、いったいどこがどういう具合で「大王」なのかは謎のまま、ただ紙を食い、食った紙の内容をつらつらとしゃべりまくる。そしてときどき、上述のようなわけのわからない「脅し」をかけてくる。

 1999年7月に、なぜか母親に拾われてきたこの「大王」が巻き起こす、予測不能な出来事に、「私」こと加奈子と、妹の靖子がとことん振りまわされる――そんな日常のなかにある非日常を、あたかもコントのボケとツッコミのごとく書いていくこの作品は、たしかにコントを思わせるようなリズムのある文章で、モニター画面をとおして読んでいても、不思議と苦痛を感じない。のみならず、いっけん、まったく別の物語がはじまったかと思って読み進めていくと、じつはそれが「大王」の語りだったりする、といったトリックなど、文章であることを利用した仕掛けも巧みで、ついつい目が離せなくなってしまう。

 話の内容そのものに、何か深遠なテーマがあるわけではないだろう。どちらかというとふと思いついたアイディアを、勢いにまかせて書き上げたという感がある作品であるが、それでもなお私がこの作品に対してちょっとした感銘を受け、書評を書きたいと思わせたものがあったとすれば、それは「恐怖の大王」という、今となっては時代遅れのものを題材としながら、人類滅亡や世界の最後といったお決まりの暗いパターンをとことんまで茶化し、たしかに理不尽ではあるが、こじんまりとして無害な、しかしやはり正体不明のモノとして還元してしまったところにあるだろう。なにしろ、この作品の舞台は、加奈子たちの家のなかだけに限定されており、物語を語る視点が一歩も家の外に出ることがないのだ。

 それはある意味で、前世紀ではさんざん人々を脅し、恐れさせていたにもかかわらず、今では見る影もなく小さく縮こまってしまった「ノストラダムスの大予言」の「恐怖の大王」の現状を、そのまま具現化したものだとも言える。そう考えると、銀色の空き缶に似た奇妙なモノとしての「大王」が発する、あくまで無意味な言葉の羅列は、じつは「ノストラダムスの大予言」の内容と、それほど大差ない代物なのかもしれない。そんな自嘲的ユーモアに溢れた作品の題材にされてしまった「大王」――今ではせいぜい加奈子と靖子を脱力させるのが精一杯である「大王」の姿は、ちょっとばかしいじらしくも見えてくる。

 一九九九年七の月、恐怖の大王が降ってくる――作品を読んでいくかぎり、どうやら本人も自分が「恐怖の大王」であることを自覚しているようだが、シリーズが進むにつれて妙に可愛らしくなっていく空き缶のような「大王」の成長(?)を、ぜひ一度は見てやってほしいものである。(2003.01.15)

「大王と言葉遊び」シリーズ


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