【角川書店】
『十三番目の人格−ISOLA−』

貴志祐介著 



 世のフェミニストたちの怒りを買うことを覚悟して言うなら、女の嫉妬ほどおそろしいものはない、というのが本書を読了したときの正直な感想だ。なんといっても、女の嫉妬心はときに、生霊や死霊となって男を呪い殺してしまうほどの力を持つことさえあるのだから。日本には古くから、女の嫉妬が生み出した物語は数多く存在するが、そこに出てくる生霊や死霊といったものが現代の科学と結びついたとき、本書はおそろしいほどの現実味をおびて読者を翻弄することになる。

 本書『十三番目の人格−ISOLA−』の主要人物である加茂由香里は、生まれつき他人の強い感情を読み取ることができるエンパスである。その能力ゆえに不幸な少女時代を過ごしてきた由香里だったが、今はその能力を傷ついた人の心を癒すのに役立てようと、阪神大震災で被災者となった人々のサポート・ボランティアとして心のケアに従事していた。
 そんなある日、西宮の病院で彼女は森谷千尋という女の子と出会うことになる。由香里は自分のエンパスによって、千尋が多重人格障害であることを見抜くが、その交代人格のなかに、凶暴な怒りに満ちた「イソラ」という危険な人格がいることを知る。放っておけば取り返しのつかない事態を起こすかもしれないと悟った由香里は、臨床心理士の野村浩子とともに千尋の心のケアを試みる決意をするが……。

「イソラ」とは、『雨月物語』の「吉備津の釜」に出てくる「磯良」から名づけられたものだという(ここで「じゃあなんでISORAじゃなくてISOLAなんだ?」と思った君、鋭い疑問だ、とだけ言っておこう)。最初こそ異様な悪意をむきだしにしながらも、千尋の意識の奥底にうずくまっていただけの「イソラ」が、徐々に知性をとりもどし、「吉備津の釜」の「磯良」のように、千尋のからだから自由に抜け出し、千尋に害をなすものを次々と殺していく。なぜ、千尋の心のなかに、「イソラ」が生まれてしまったのか。その真実があきらかになったとき、読者はあらためて、私が冒頭で述べた「女の嫉妬心への恐怖」を味わうことになる。

 筒井康隆の「七瀬シリーズ」といい、宮部みゆきの『クロスファイア』といい、やはり超能力を持つ人間は、悲劇の美少女ヒロインでなければならない、という法則が成り立っているらしい。まあ、それはともかくとして、多重人格障害という、扱うのが難しそうなアイディアでありながら、さまざまな心理学の知識や幽体離脱、臨死体験といった方面にも注目し、全体としてバランスのとれた物語に仕上がっていると言える。読む人にとっては、あるいは登場人物の設定が典型的パターンのそれに陥っている、と思うかもしれないが、それでも、千尋のなかにいる多数の交代人格にそれぞれ意味のある設定をし、しかもその名前に関して物語の最後に思わぬどんでん返し(ホラー映画でよくある、すべてが終わったと見せかけて……というあれ)を用意しておく、という著者の確信犯的な物語設定に、むしろ注目してほしい。盛り上げるところで盛り上げ、ラヴロマンスもあり、そして最後のいかにもなどんでん返し――やっぱりホラーはこうでなくては、と思ってしまう私は、ホラー映画の観すぎなのだろうか。

 一度生霊や死霊になってしまったものは、たとえ優秀な除霊士であっても成仏させるのは難しく、それこそ何年もの月日が必要である、という話をどこかで聞いたことがある。今はただ、千尋が受けた心の傷が少しでも早く癒えることを願うばかりだ。今回以上の悲劇を、生み出さないためにも。(1999.03.11)

ホームへ