【新潮社】
『炎のなかの休暇』

吉村昭著 



 荻原浩の『僕たちの戦争』、福井晴敏の『終戦のローレライ』、古処誠二の『ルール』、あるいは室積光の『記念試合』など、戦後生まれの作家が太平洋戦争を題材に小説を書くようになってきている。彼らには当然のことながら実体験としての戦争の記憶はなく、あっても間接的なかかわりでしか触れることのできないものであるが、そんな彼らによって、ある意味で客観視された、良くも悪くも物語の題材のひとつとしての「太平洋戦争」が書かれるということそのものが、日本の戦後という時代の流れを思わせるものがあって、興味深いものがある。

 終戦の年に生まれた男を父にもつ私にとっても、太平洋戦争はおろか、戦争という単語そのものが、すでにしてリアルな想像ができにくいものと化しているわけだが、そうした「戦争にリアルさを感じられないというリアルさ」をテーマにした三崎亜記の『となり町戦争』は、エポックメイキング的なものさえあると個人的には思っている。戦争が悲惨なもの、最大の人権侵害であること――それはもちろんそのとおりであって、けっして繰り返すべきものでないことはたしかであるが、まるでそれだけが「戦争」を語るうえでのすべてであるかのような決めつけは、かえって太平洋戦争の本質から遠ざかることになるのではないか、と思うのは、はたして私だけだろうか。

 本書『炎のなかの休暇』は、八つの短編を収めた短編集で、いずれも日本の戦中や戦後直後の、人々の何気ない生活のあり方に光をあてたものであり、また、著者自身を思わせる語り手が全編に登場するという意味で、きわめて私小説的な意味合いの強い作品集でもある。昭和二年生まれの東京の作家であり、まぎれもない自身の体験として関東大空襲や徴兵検査といった、太平洋戦争の色合いの濃い時代を生きてきた人であるが、本書を読んで感じるのは、著者にとっての「戦争」というのは、まさにその生活にあたり前のように浸透しているものであり、それゆえにそうした状態を「日常」の一部として受け止めていたのだという事実である。

 そうした姿勢がもっとも顕著にあらわれているのが『黄水仙』という短編で、これは語り手の父の出かけた町が夜間空襲に遭い、二日経っても家に戻ってこない父の消息を兄とともに探すというもの。空襲のあった町は一面の焼け野原、路上には無数の焼死体が散乱するという、まるで地獄絵図のような場面でありながら、著者の筆致はきわめて淡々としたものとなっている。そこには、町が空襲で焼かれるということが、なかば日常の光景と化している者の始点があるからに他ならず、じっさいに語り手の関心事は、父の安否というよりも、その父の出かけたところが不倫相手の女のところであり、そんな父親の態度への反感のほうが大きなものとして心に占めていることが、本書を読むとわかってくる。

 近所に住んでいたロシア人のロドルフ一家のことを書いた『虹』、戦争が長期化し、日々の生活物資が不足してくるなか、金魚のランチュウの育成に熱をあげる老人の話である『青い水』、あるいは工場で事故死した社員の骨壷を、彼の生家に届けるという『白い米』など、いずれも戦争の気配が色濃く感じられはするものの、作品の主題は直接に「戦争」と絡むことはない。むしろ、そうした時代を生きる人々の姿を描くことで、必然的に戦争の雰囲気を描写しようとする意図が感じられ、それが作品としての味わい深さへとつながっている。

 そう、私たちにとって戦争とは「非日常」のことであるのだが、その当時を生きた人にとって、それはあくまで「日常」の一部であり、私たちがことさら強調しようとする悲惨さや残酷さとは関係なく、その日を生きていかなければならないという意味では、私たちとなんら変わらないということを、この短編集は雄弁に物語っている。それは同時に、戦後を生きる私たちが、戦前や戦中を生き抜いた人たちの心情や、戦争への考え方について、私たちの常識――戦争は悲惨なもの、非人道的なもの――を前提として当てはめていくという行為が、どれほどその人たちの意思を踏みにじるものであるかということについても、本書は物語っている。

 本書の語り手はたしかに戦争を日常のものとしてとらえてはいるが、それは兵士として戦地に赴いた者としての戦争ではなく、いわゆる「銃後」の立場での戦争である。そういう意味では山田風太郎の『戦中派不戦日記』にも通じるものがあるのだが、過去に肺結核を患い、大きな手術を得た病み上がりの体をもつ彼が、そうした貧弱な肉体をもつこと――戦争で兵士として戦えるかどうか不安な体であることの不満をおぼえながらも、いっぽうでそのことを理由に兵役を避けたいという気持ちをもっているというところに、偽らざる語り手の本音が感じられる。

 それは彼にとっての戦争という「日常」は、自分がいつ空襲で死ぬかもしれないという意味において「日常」ではあっても、自分が兵士として敵兵を殺す立場になるかもしれないという意味においては「非日常」であっということである。語り手に想像できるのは、一番上の兄が真珠湾攻撃に二日後に戦死し、骨となって戻ってきたという事実であるが、それ以上に大切なのは、あくまで日々の生活で生きていくこと――それこそ、社員の骨壷を届けたお礼に米をわけてもらいたいと思い、兵役猶予のために理系の学校へ入りなおそうとし、そんな自分の社会的役割を思い悩みながら生きることに他ならない。

 けっきょくのところ、語り手は兵役検査に合格したものの、そのすぐ後に日本が敗戦を迎えたため、出兵することはなかった。彼にとっての戦争とは、兵士という「一人前の人間」になるのを待ち受ける、長いモラトリアム期間であったと言うことができる。本書のタイトルとなっている「休暇」こそが、彼にとっての戦争の代名詞であるということの意味を、私たちはあらためて問いなおす時期に来ているのかもしれない。(2012.06.20)

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