【早川書房】
『イリアム』

ダン・シモンズ著/酒井昭伸訳 



 人間社会を生きていくうえで、一時の激情に駆られて起こした行動が、たいていの場合その当人にとってより不利益な結果を招くことが多いことを、私たちはよく知っている。感情の高ぶりはその人の心を大きく揺さぶるものであるし、それゆえに普段であればはたらくはずの理性的な判断を狂わせてしまうものでもある。できることなら、どんなときでも心穏やかに生きていきたいものであるし、またどんな逆境においても心を乱されることなく、冷静な判断ができるだけの人格者でありたい、と私などはいつも思わずにはいられないのだが、そんな私の思いとは裏腹に、私の感情面はいつもちょっとしたストレスに対しても過剰に反応してしまいがちで、そんな自分自身に多少嫌気がさしてしまったりもする。

 なぜ私たちの感情は、ときに何かに対して不愉快に思ったり、怒り心頭に達したりするのだろうか。そうした感情のおもむくままに、たとえば誰かに暴力をふるったり、あるいは何かを破壊したりしたとしても、良いことなどさほどない。むしろ、無意味にエネルギーを消費し、後々面倒なことになるだけであるとすれば、そんな感情などないほうが何かにつけてより効率的な生き方ができるのではないか、とふと考えたりすることがあるのだが、そのとき同時に思うのは、もし本当にすべての感情を消去してしまったとしたら、私たちはロボットとなんら変わらない存在へと成り果ててしまうのではないか、ということである。

 こうして私の場合、何かのきっかけで怒ったり不快感を覚えたりするたびに最終的には「人間とは何か」という命題の深みにはまってしまうことになるのだが、今回紹介する本書『イリアム』は、著者ならではの骨太なSFであることもさることながら、人間が他ならぬ人間であること――人間らしさとは何なのか、というアプローチを試みずにはいられない設定をその内に秘めている。

 本書は大きく三つの物語で構成されている。ひとつ目の物語の舞台となるのは、紀元前に栄えたとされるイリアム、またはトロイアと呼ばれる城塞都市であり、そこではギリシアの諸都市連合がトロイアを攻め落とさんと、九年もの長きにわたって戦争をつづけている。そして、ホメロスによって書かれた叙事詩「イーリアス」にあるとおり、数々の英雄たちが戦いを繰り広げ、ギリシア神話の神々が現実としてその戦争に加担しているのだが、本書を読んでいくにつれてわかってくるのは、不死者たる神々の振るう様々な超常的な力が、ナノテクノロジーや量子テレポートをはじめとする超科学によってもたらされているという点である。この物語において語り手となるトーマス・ホッケンベリーは、かつて二十世紀に生きた「イーリアス」研究者のひとりでしかなかったのだが、時を遡って神々の力で蘇生され、目の前で起こるトロイア戦争の観察者たることを強いられている。

 ふたつ目の物語の舞台もまた同じ地球であるが、時代は今からはるか未来へと一気に跳躍し、舞台となる場所も、まさに地球全体としか言いようがない状況となっている。なぜならその世界では、ファックスポータルという装置によってどんなに遠く離れた場所にも移動可能となっており、およそ地理や大陸といった位置情報がほとんど意味を成さなくなっているからだ。この世界に生きる人々は、ヴォイニックスや「下僕」と呼ばれる自動機械に衣食住にまつわるいっさいの世話を任せ、二十年を区切りとする生を五回くり返した後、ポスト・ヒューマンと呼ばれる至高の存在となって上空にある衛星都市へと送られると信じている。この物語の中心人物であるディーマンたちは、あらゆる労苦から解放され、また不慮の事故が起きても再生院と呼ばれる場所で甦ることが可能なほどの高度なテクノロジーに支えられた生活をしているいっぽうで、そうした世の中の仕組みに対する好奇心はおろか、文字の読み書きにさえ関心をはらうことなく、ただその日その日を漫然とした享楽にふけることで過ごしている。

 最後の物語は、何者かの手によってテラフォーミングされ、生命が活動できるようになった未来の火星が舞台となる。木星の各衛星において独自の進化をとげた、モラヴェックと呼ばれる意識を持つ半機械生物たちは、その火星で起こっている急激なテラフォーミングと、そこで観測されている異常な量子擾乱の原因を探るべく、調査団を派遣することになるのだが、その火星で彼らが見たものは、ギリシア神話の神々の姿をした、圧倒的なテクノロジーを操る存在だった。ここで登場するマーンムートをはじめとするモラヴェックたちは、かつての人類がもっていた文学をはじめとする膨大な情報をあたえられており、その外見は人間とは似ても似つかないものでありながら、いかにも人間臭いユーモアやヒューマニスティックな感情を有しており、仲間たちとかつての人類の文学――シェークスピアやプルーストたちの書いた小説について、知的な談義をかわすことのできるような存在として描かれている。

 はたして、モラヴェックたちが火星で遭遇し、また過去のトロイア戦争に介入し、まるでゲームを楽しむように人々を戦争に駆り立てる神々たちは、いったい何者なのか。未来の人類たちが「ポスト・ヒューマン」と呼ぶ者たちと何か関係があるのか。そして神々は、何の目的があってトーマス・ホッケンベリーのような学者を甦らせ、戦争の観察者たることを命じるのか。三つの物語が時空を越えて、さまざまな形で何らかのつながりを見せるようになる本書の圧倒的なダイナミズムは、さすが『ハイペリオン』の作者たるダン・シモンズと思わせるスケールのものであり、また量子力学をもととする物質転送やタイムトラベル、平行世界といった超科学の要素もふんだんに織り込まれていて、まさにSFの王道というにふさわしい。さらに物語の流れについても、意想外な展開の連続のなかにいくつもの謎とその謎解きの一端を垣間見せるというやり方で、読者の興味をつなぎとめておく手腕は見事なもので、純粋にエンターテイメントとしても優れたものがあるのはたしかである。だが、そうした読み物としての面白さ以上に興味深いのは、本書のそれぞれの物語に登場する者たちの大半が、いずれも私たちになじみの深い意味をもつ「人間」とはかけ離れた存在であるという点である。

 時間そのものにさえ干渉する力をもつギリシア神話の神々たち、半機械でありながら自立した意識をもつモラヴェック、個としての識別をもたないように思われるリトル・グリーン・マン、高次元の地球ネットワークともいうべきプロスペローやエアリエルといった、姿形の点でも私たちの想像を絶する存在はもちろんのことながら、いっけんすると私たちと同じ人間の姿をしてはいるものの、たとえば紀元前の野蛮な戦士たちにしろ、はるか未来の文字さえ読めなくなった人類にしろ、私たち読者とは異なる時代や価値観のなかに生きる人々、という意味では、彼らもまたかけ離れた存在であるといえる。そして、そんな過去や未来の人類の思考のあり方に非人間的なものを感じたり、逆に人間とは似ても似つかないモラヴェックたちの言動に妙に人間臭いものを感じたりするうちに私たちが思うのは、他ならぬ私たちが常識であり、あたりまえのものとしてそれまで意識することすらなかった「人間の定義」、あるいは「人間らしさとは何か」というひとつの命題なのである。

 半機械の存在であるモラヴェックのマーンムートとオルフとのやりとりのなかで、彼らがよく議論する文学作品に関する興味のひとつとして、なぜ彼らは人間であるのか、人間であるとはどういうことなのかという謎への執着を挙げている。高貴さや階級、愛情、芸術など、人が人であることの謎を解く鍵としてアプローチしていく要素は、そのまま本書の登場人物すべてについてもあてはまるものであるし、さらには私たち読者についても同じことが言える。もちろん、その答えがはっきりとした形で示されるようなことはない。ただ、ひとつだけたしかなことは、物語をつうじて登場人物たちは、あるいは圧倒的な力で自分たちを支配している存在と、あるいは自分たちを真実から遠ざけようとする存在との戦いを選びとることになる、ということだ。

 私たちの身のまわりにあたりまえのように存在するものは、はじめから誰かによって与えられたものではなく、過去において民衆が戦いをつうじて勝ち取ったものである、という事実――とくに島国である日本を故郷とする私たちは、その独自の地理的閉鎖性ゆえに、何かを勝ち取るという過程について想像することが難しいものがあるのだが、たとえば選挙権などを例にとっても、当初はごく限られた特権階級にのみ認められたものであり、今のように男女、貧富の別なく投票権が与えられるようになったのは、じつに戦後のことであったりする。

 市民が王侯貴族に対して、黒人が白人に対して、植民地が列強国に対して起こした戦いは、自分たちが他ならぬ人間であることを主張し、認めさせるための戦いであり、人類の歴史は同時に戦いの歴史であると言っても過言ではない。本書で巻き起こる大きな戦いへの布石は、その完結編ともいうべき次の作品へとつながっていくものであり、真の決着は『オリュンポス』の翻訳を待たなければならない状態であるが、著者は登場人物たちが奇しくもその引き金をひくことになる――おそらく宇宙規模のものとなるであろう戦いのなかに、人が人であることの意味を見出そうとしている。そして、人々が困難な戦いへとその身を投じていく原動力となるのは、いつの世も人々の怒りである。

 ギリシア神話をモチーフとした古代の叙事詩をSFと融合させることによって、壮大なスケールの物語を展開させた本書のなかで、登場人物たちがどのようにして人間としての怒りに目覚め、その怒りを戦いへの力への昇華させていったのか、その変化の様子にぜひとも注目してもらいたい。(2007.05.03)

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