【河出書房新社】
『異国伝』

佐藤哲也著 



 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりに小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。

 本書『異国伝』に収められた作品は、必ず上述の出だしによってはじまる。そして本書に収められた短編もまた、あまりに小さくて地図にも載らない国々同様、掌編ともいうべきごくごく短い物語である。そんな物語が全部で45作も掲載されている作品集が本書であるが、それぞれのタイトルの頭には「を」を除くひらがなすべてが対応している。そして、「愛情の代価」「威光の小道」「鬱々の日々」といった具合にあいうえお順に並べられている。過去に、それぞれの章にAからZまでのアルファベットをふった山田詠美の『A2Z』のような作品はあったが、「あ」から順番にタイトルをふり、それぞれの短編において独自の国の風習や出来事についてつづっていくという本書のような作品は、きわめてトリッキーであるし、少なくともこの手の作品に私はこれまで出会ったこともなかった。

 本書に書かれている国々は、「あまりに小さい」ということが大前提となっているが、これらの小さな国々が、ただ小さいという理由だけで地図にもガイドブックにも載っていない、と考えるのは、いささか無理があるだろう。要するに、それ以外の何らかの理由があって、それに「あまりに小さい」という原因が付加されることのよって、国の存在が世間から忘れ去られてしまっている、ということになる。そして、その理由はじつにさまざまであるが、それらを追求していくと、それぞれの国がかかえているどこか風変わりな特徴というものに突きあたることになる。

 一番わかりやすいのは、立地条件だろう。針のように尖った山の頂きのすぐ下に家を建てて暮していたり、天然の洞窟を掘り進んで、そのなかに国をつくっていたり、無数に張り出した岩棚の上で生活をしていたり、あるいは人が近づくと国自体が猛スピードで逃げ出したりといった、そもそも他国との交流がきわめて難しい場所、人跡未踏の土地に国がある、というものである。あるいはそこに住む人々の性質が問題となっている場合もある。たとえば誰もがひどく陰鬱な性格であったり、異国人を露骨に望遠鏡で観察したり、理由もなく表彰状を授与したり、死者が街中を闊歩していたり、あるいは国の誰もが留守にしていたりといった、どう考えても普通ではない人々が暮らしている、というものだ。

 なかにはさまざまな理由ですでに滅んでしまって、今となっては誰もその存在を確認することができない状況になった国もあるし、噂ばかりが先行してしまって、本当に実在するのかどうか怪しい国というのもある。どこかで聞いたことがあるようなストーリーのなかに出てくる国もあれば、まるで現代社会に生きる私たちを皮肉ったり、何かのメタファーかと思わせるような国さえもある。いずれにせよ、そもそも地図にもガイドブックにも載っていないという事実は、その国にしてみれば、その存在を世界から否定されているようなものであり、理不尽きわまりない事態だと言わなければなるまい。それゆえに、なかには他国の領土を侵犯して戦争をしかける国や、自分たちの国を載せない地図そのものを否定し、自分たちの手でまったく別の地図をつくりはじめるなど、そうした理不尽な仕打ちに立ち向かおうとした国の顛末も、本書には収められている。

 けっきょくのところ、それらの国々がなぜ地図にもガイドブックにも載らないのか、はっきりしたことは何もわからないのだ。そして、そうした理由のつけられない理不尽さにさらされた国の人々、あるいは思いがけずその国を訪れることになった旅人たちが、その理不尽さに対してどう思い、どんな行動をとるのか、という点こそが、本書の大きなテーマとなっている。私たちから見たとき、それらの国々の風習や習慣は、そうとうに奇怪なものであったり、薄気味の悪いものであったりするのだが、そうした私たちの感情とはまったく無関係に、名もなき小さな国々は誕生し、そして消滅していく。そうしたことの顛末を、本書は何の感情もこめることなく、あくまで淡々と記録していく。その突き放したような距離のとりかたが、逆に読者の想像をかきたてるし、またそれを可能にするだけの表現力、言葉を自在にあつかう力が、著者にはたしかにある。もし、本書をファンタジーだと判断するのであれば、そういう意味で成功していると言えるだろう。

 おそらく、これらの国々の物語は、その気になればいくらでも膨らませることができるのだろうが、地図やガイドブックに載っていない国、という設定を設けた時点で、その国になんらかの理由づけをすること自体が余計なことになってしまう。そのあたりのさじ加減がいかに絶妙なものであるかは、たとえばひとつの短編を最後まで読み終えて、はじめてその短編につけられたタイトルの意味がわかってくる、という仕掛けがいくつも施されていることからもあきらかだ。ひとつひとつはショートショートにも等しい短編であるが、それだからこそ切れ味のいいネタとオチが重要となってくる。星新一以来、こうした形のショートショートを書ける作家はなかなかいないだろうと思っていたのだが、本書と出会ったことは、私にとっては嬉しい誤算である。(2004.12.08)

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