【徳間書店】
『イエスの遺伝子』

マイクル・コーディ著 



 一連のオウム事件の騒ぎがひと段落し、それまで盛んだった新興宗教が世間からなりをひそめるようになってから、「神」をテーマにした本が多く出てくるようになったと感じるのは、私だけだろうか。たとえば、マイケル・ドロズニンの『聖書の暗号』。あるいはグラハム・ハンコックの『神々の指紋』。小説の世界でもそれは例外ではなく、日本では瀬名秀明の 『BRAIN VALLEY』が有名だ。これらの書物に共通しているのは、「神」を科学で解き明かそうとしていること。それは、「神」を解明して現実に引き落とそうとする行為というよりも、むしろそうすることによって、なんとかして「神」の奇跡を現実味のあるものにし、「神」への信仰という曖昧なものに代わって信じられるものを模索しようとする行為であるかのように思える。
 本書『イエスの遺伝子』もまた、「神」を科学するジャンルの小説だと言えなくもない。ただ上述の書物と明らかに違うのは、この本があくまで小説であり、読者を楽しませるエンターテインメント性を重要視している点だ。イエス・キリストが常人とは異なる遺伝子――奇跡をおこす遺伝子を持っていたのではないか、というアイディアは、あくまで本書を形づくる要素の一部分でしかない。主人公である遺伝子学者が、自分のすべての知性をかけて不治の病に犯された娘を救おうとする姿、また遺伝子研究を神への冒涜とみなし、主人公を抹殺しようとする秘密結社や、そこで育てられた孤独な暗殺者の存在、イエスの遺伝子の真の力、そして最後まで読者を魅きつけてやまない、ハリウッド映画を思わせるストーリー展開……。そういった要素をすべて含めて、鈴木光司や瀬名秀明をして絶賛させた本書の魅力となっているのだ。断言しよう。この小説は面白い。単なる読み物として読んでいっても充分楽しめる作品である。
 私はクリスチャンでもプロテスタントでもなく、「神」などまともに信じていない人間のひとりであるが、この世紀末において、人々は意識するしないにかかわらず、「神」の存在を、そして救世主の存在を信じたがっているのではないだろうか、と私はこの本を読み終えてふと思った。「神」を科学する本が多く世に送り出され、読者もそれを待ち望んでいるという現象は、あるいはちょっと前におこった信仰宗教ブームと共通するものがあるのかもしれない。だが、本書の主人公は、はっきりと言っている。「神なんかいない。自然の秩序なんてものもない」と。奇跡の遺伝子を発見した主人公の行動を見ていると、「神」なき現代における人の生き様のひとつが、本書に示されているような気がする。それはけっして楽な生き方ではない。だが、生きることを懸命に模索する姿はとても美しい。そういった意味でも、ぜひ一読を薦めたい小説である。(1998.11.05)

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