【早川書房】
『ハイペリオン』

ダン・シモンズ著/坂井昭伸訳 
1990年度ヒューゴ賞・ローカス賞受賞作 

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「集大成」――本書『ハイペリオン』を褒め称える言葉として、まさにこれほどふさわしいものはない。SFでありながらSFというジャンルを自ら打ち砕き、ミステリーやホラー、歴史小説、サイバーパンク、ハードボイルド、戦記、恋愛小説、スペースオペラ、ファンタジー、神話など、おそよありとあらゆる物語の要素を貪欲に取り込みつつ、しかもそれらが消化不良をおこすこなく、あくまでその底流にある大きな物語を、むしろ十二分に引きたてる役割を果たすことに成功した本書は、まさにこれまで数多く生み出されてきたすべての物語を包括する、ある意味でひとつの頂点を極めた作品であるといっても、けっして過言ではないだろう。

 時は28世紀、地球を飛び出した人類は銀河系のさまざまな惑星に進出、テラフォーム技術によって人間の住めるような環境を整えて移住していった結果、二百以上にもおよぶ惑星にわたる、千五百億もの人間で構成される広大な宇宙連邦「ワールドウェブ」を形成していた。各惑星間は転移ゲートと呼ばれるネットによって結び付けられ、人々は一瞬にして惑星間を跳ぶことができ、その超技術を管理する独立AI群「テクノコア」は、その超演算能力によって数世紀先の未来まで予測することが可能であり、連邦の繁栄を支えるうえで欠かせない存在となっていた。

 しかし、その「テクノコア」の力をもってしても予測することのできない不確定要素を抱えた場所が存在した。その惑星の名を「ハイペリオン」という。その不確定要素ゆえに、連邦への併合を拒んできたその惑星には、はるかな未来から時間を遡行して存在しつづけていると言われている謎の遺跡群「時間の墓標」があり、そのなかにはすべての物理法則を無視し、時空を支配する究極の能力を持つ殺戮の鬼神シュライクが封じられている。銀色の体表を覆う無数の棘、鋼の刃をそなえた四本の腕、そして多数の切子面をもつ紅い目――その恐怖の力は、シュライク教団という信仰をも生み出すほど圧倒的な存在としてハイペリオンに君臨していたが、「時間の墓標」から発せられる抗エントロピー場の楔が原因不明の膨張をはじめ、シュライクの脅威が再びハイペリオンに解き放たれようとしていた。

 さらに、シュライクの活動が活発化するのと前後して、宇宙の蛮族として連邦を脅かし、連邦の艦隊と何度となく衝突を繰り返してきた「アウスター」の群狼船団が惑星ハイペリオンに侵攻を開始したとの報を受けるにいたり、連邦の行政府最高運営責任者(CEO)マイナ・グラッドストーンは、「時間の墓標」の謎を解き、シュライクを再び封じ込めるために、七人の巡礼者を選抜することを決意する。蛮族「アウスター」が「時間の墓標」を手に入れ、その遺跡の謎を手に入れてしまえば、最悪、無敵の殺戮鬼が連邦じゅうを脅かすことにもなりかねない。「アウスター」の侵攻がハイペリオンにのびる前に、なんとしても「時間の墓標」の謎を解かなければならない――連邦はじまって以来の最大の危機を乗り越えられるかどうかは、七人の巡礼者にかかっているのだ!

 本書は、この続編にあたる『ハイペリオンの没落』の、いわば序章として位置づけられている作品で、シュライク巡礼の伝統に則って旅を続ける(宇宙船や航空機で「時間の墓標」に近づいた者は、そのことごとくが姿を消してしまっているという!)巡礼者たちがそれぞれ、なぜこの巡礼に選ばれることになったのか、その身の上話を語るという構成になっている。そういった意味で、本書がたんなる物語の前哨戦――「ウェブ」の時代背景や生活習慣、歴史といったものを理解させ、未来社会の雰囲気をつかみとる役目を果たすに過ぎない、と考えてもらっては困る。巡礼者が語る物語は、上述したように、まさにあらゆる物語の宝庫であると同時に、それぞれの物語の含む謎が、話が進むにつれて少しずつ互いに関連性を持ち、さらに本書と『ハイペリオンの没落』にいたる大きな謎の伏線として、緻密に計算しつくされた構成となっているからである。

 ハイペリオンの伝説によれば、シュライクはたった一人の巡礼者の願いだけを叶え、その他の巡礼者の願いは拒否し、その場で殺してしまうという。それでなくても「アウスター」の侵攻などで危険な旅になることを承知しながら、それでもなお巡礼に赴かなければならない七人の巡礼者の、じつに多彩で魅力溢れる物語の数々と、彼等が辿ることになった数奇な運命、それらの語りのなかにことごとく登場するシュライクの影、徐々に明らかになってくる連邦と「アウスター」の、そして独立AI群「テクノコア」の思惑、さらに、巡礼者のなかにまぎれ込んでいると言われている「アウスター」のスパイの存在――いったい、シュライクとは何なのか、「時間の墓標」に隠された謎とは? 巡礼者たちが抱える願いとは? 本書のなかに収められた濃密な物語世界に、きっと読者はとりこになってしまうに違いない。

 さまざまな形でハイペリオンという惑星と結び付けられてしまった七人の巡礼者たちは、神父や詩人、軍人、女探偵や学者など、じつに多彩な顔ぶれであるが、それぞれの話を読み進めていくうちに、まさにこの七人こそ、今回の巡礼にふさわしい人物として納得させられている自分に気づく。そこにはどこか、すべての運命が最初からすべて決定づけられており、それぞれの登場人物は、それぞれに与えられた役割を果たすために存在させられているような――すべてが超越者とも言うべき者の掌で踊らされているような雰囲気が漂ってくる。それは、本書の大きなテーマとして位置づけられている「時間」と「神」という要素が大きな影響を及ぼしているのだと言えなくもないが、むしろ、多くの小さな物語を含むひとつの大きな物語が、あまりにも精密に築かれてしまっているがゆえの――まさに完璧であるがゆえの違和感でもある。だが、それぞれひとクセもふたクセもある魅力的な登場人物たちが、そう簡単に掌で踊らされつづけているようなタマとも思えないのだ。本書は最後、いよいよ「時間の墓標」へと赴くところで終わっているのだが、大昔の平面映画の歌を唄いながら行進していく彼等の姿に、どこか予定調和を打ち崩してくれるのではないか、という予感を覚えるのは、私だけだろうか。

 それぞれが独立したひとつの物語として成立してもけっしておかしくない要素を、贅沢にも数多く盛り込んで、ひとつの完璧な物語へとつながる道を拓いた本書を、次に紹介する『ハイペリオンの没落』とともに、ぜひとも味わってもらいたい。(2000.07.21)

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