【集英社】
『光の帝国』
−常野物語−

恩田陸著 

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 現在、この地球には五十億以上もの人間が生きているという。この途方もない数字を意識するたびに、その五十億分の一である自分の存在が塵芥のごとくちっぽけなものでしかない、ということを思い知らされる。こんなちっぽけな自分に、はたしてこの世に生まれてきた意味などあるのだろうか、自分はいったい、何を成すために生きているのだろうか、と。その答を見つけ出すのは、おそらく相当な困難を伴うことになるだろう。もしかしたら、一生かかっても探し出すことなどできないのかもしれない。しかし、だからこそ私は、運命という言葉で自分の生を安易に決めつけてしまうことに、好ましい印象を持つことができずにいた。自分の今の立場が、あらかじめすべてが定められていたものであるとする運命という考え方は、自分の存在そのものを放棄するに等しいものである、人生とは無数の連続した選択の積み重ねであり、その選択をするのはまぎれもなく自分の意志なのだ、と。

 だが、本書『光の帝国』を読み終えて、そのあまりにもちっぽけな自分自身の意志にとらわれて生きている自分は、あるいはひどく不幸なのではないだろうか、と考える。運命――あるいはずっと高いところにある大きなものの流れを意識し、それに逆らわず身をまかせることは、ことさらに自分の存在を誇示しつづけることよりも、ずっと人間らしい生き方なのではないだろうか。

 本書に描かれているのは、「常野一族」と呼ばれる人たちのもたらす物語である。常野とは、「常に在野であれ」ということ。権力を持たず、また権力に仕えることもなく、けっして群れずにその地に溶けこんで生きる彼らは、非常に温厚で礼節を重んじる一族であるとされている。だが、その最大の特徴は、彼らが持つさまざまな特殊能力にある、と言えるだろう。自分だけの書見台を持ち、膨大な量の書物の内容や、ときには他人の遠い記憶すら「しまう」ことのできる者、見た人の未来を予知することができる者、はるか遠くのものを見たり聞いたりすることができる者、風のように走り、鳥のように大空を飛ぶことのできる者、一瞬にしてすべてを燃やしてしまう者――そんな彼らが、あるいは自分たちの能力を巧みに隠しつつ、周囲の人たちと同じように生活している様子を、あるいは自分とその能力の存在意義に戸惑い、思い悩む姿を、そして、その能力が「常野」以外の人たちにもたらす影響の数々を、十の短編に分けて物語っている。

 人にはない特異な能力、異能者であるがゆえの偏見と迫害、自分が持つ能力の本当の意味――こういったテーマは、物語の世界ではたいして目新しいものではない。だが、本書を読んでいると、不思議なことに本書の物語がたんなる物語であることを越えて、私たちが住む現実の世界にも深くつながっているのではないと、という想いにとらわれる。もしかしたら、この現実の世界にも「常野一族」が実在していて、世界を侵蝕してくる見えない植物と戦っていたり、自分の未来を告げるために、どこかで自分が来るのを待っているのかもしれない、と思わせる何かを感じるのだ。

 私たちが生きている、この平和で豊かな、けれど同じことを繰り返すだけの退屈な、そして不完全な世界――でも、私たちの目には見えないけど、本当はこことは違ったもうひとつの世界が存在するのではないか、というビジョンは、同著者の『球形の季節』でも感じたことであるが、そのようなもうひとつの世界、あるいは「常野一族」のような異能者の存在は、実は私たちの心の奥深くにひそんでいる「この世ならざるもの」に対する恐怖、あるいは期待と密接な関係にあるのではないだろうか。本書のなかで、「常野一族」の力に触れた人たちは、例外なく自分の中で何かが変わったのを感じる。これまで何気なく見ていた景色がまったく別のもののように感じられたり、あるいは自分を俯瞰するかのように、自分を含む周囲の世界に目を転じることができるようになったりする。「常野一族」の力は、けっして押しつけがましいものではない。あくまで控えめに、目立たないように、しかし一度体験すればけっして忘れられないような何かを、その人に残す。そしておそらく、そのような力を「常野一族」に持たせている運命に想いを寄せることになるだろう。それは同時に、今この時を生きることを許されている自分自身に直面することでもある。

 ――やがて風が吹き始め、花が実をつけるのと同じように、そういうふうにずっとずっと前から決まっているのだ。僕たちは、草に頬ずりし、風に髪をまかせ、くだものをもいで食べ、星と夜明けを夢見ながらこの世界で暮らそう。そして、いつかこのまばゆい光の生まれたところに、みんなで手をつないで帰ろう。

 自分に与えられた役割というものがあるとするなら、そして、それが運命という言葉の正体であるとするなら、自分に与えられた役割とは何なのだろう、と考える。あるいは人は、自分のいるべき場所を見つけるために生きているのかもしれない。自分自身が光り輝くための場所――「光の帝国」を見つけるために。

 あなたの今いる場所は、あなたのいるべき場所だろうか? あなたは今、光の中で生きていると自信を持って言えるだろうか。(2000.01.31)

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