【リトルモア】
『初恋』

中原みすず著 



 私にとって「府中三億円強奪事件」とは、私の生まれる以前に起こった、知識として知りうる過去の歴史のひとつ、という位置づけ以上のものではない。だがそんな私でも、この事件が多くの人の興味を惹きつけずにはいられない多くの要素をもっていることくらいは理解できるつもりだ。奪われた現金の額の大きさもさることながら、けっきょく今もなお犯人を特定することができない、という意味で完全犯罪であったこと、輸送されていた現金には保険がかけられていたため、被害者は実質上誰も出なかったこと、そして奪われた現金の番号が控えられていたにもかかわらず、その後一枚も使われた形跡がないこと――金を奪う者の心理にかならずあるはずの「金がほしい」という欲望と単純に結びつけることのできないこの事件は、それゆえに当時は犯人をヒーロー扱いする人たちも少なくなかったという。

 そんな「府中三億円強奪事件」の実行犯と名乗る女性、それも、当時十八歳の少女だった人の手記、という形でつづられていく本書『初恋』は、たしかにそれだけで衝撃的なものであるのだが、それ以上にひとつの疑問として当然のごとく生じてくるのは、おそらくそのタイトルが指し示すとおり、何らかの恋愛の要素が本書のなかにあるとして、それが「府中三億円強奪事件」とどうつながっていくのか、というものであろう。いっけんするとなかなか結びつきそうにないふたつの要素を読者の前に提示することで、その先の展開に興味をつなぎとめていく、という意味で、本書のつかみとしては充分すぎるほどの効果を発揮していると言える。

 事件は、私にとっては遠い日の出来事であり、言ってみれば人生の通過点でしかなかった。しかし、私の中から取り返しのつかないものを失った感覚が、悲しみとともにいつまでも消えないのは、心の傷に決して時効がないからなのだろう。

 本書における一人称の語り手である中原みすずという名は、本書の著者名と同一であり、そうした演出が本書の内容によりいっそうのリアリティーをもたらすことになるのだが、そこに書かれているのは、けっして恵まれた家庭環境にもとにあるわけではないひとりの少女が、かりそめの家族の中には見出すことのできなかったささやかな自分の居場所の記憶であり、そこから生まれたささやかな恋の話である。学園闘争華やかなりし60年代の、いわゆる不良の溜まり場となっていたジャズ喫茶“B”にたむろしていた常連たち――リーダー格の亮やテツ、ユカ、タケシ、岸といった若者たちは、けっしてそれぞれの素性について余計な詮索をすることもなく、ただ彼女がそこにいることを許した。とくに積極的に学生運動に参加することもなく、とりとめもない話や自分の夢のことを語ってすぎていく時間は、それまで彼女が感じたことのない居心地の良さを与えてくれるものであったが、ある日、その常連のひとりである岸が、彼女にある計画の手助けをしてほしいと申し出る。

 仲間たちのあいだでは常に冷静不遜な笑いとともに、どこか一歩引いたような態度を崩すことのなかった岸が、その裏に秘められた、ひとりの人間としての感情をあらわにして「勝負」のために仕掛けたいと語る計画、それが例の「府中三億円強奪事件」へとつながる計画であることは、読者にも容易に想像のつくことであり、そうである以上、結果として岸と彼女によって実行された犯罪がどんな形であれ、最後には成功することもわかりきっている。そういう意味において、本書の中心をなしているのはけっして「府中三億円強奪事件」の顛末ではない。むしろ、彼らにとってこの事件は、現金を窃盗すること自体が目的なのではなく、それがあくまで手段でしかないということ、そして、その「勝負」をつうじて彼らが得たいと願っていた本当の目的が、金という欲望とは正反対のところにあったということこそが重要であり、まさそれこそが本書のメインテーマでもある。

 この書評の冒頭でも述べたように、私にとって「府中三億円強奪事件」とは、あくまで歴史的事実のひとつにすぎないものであり、とくに何の思い入れもあるわけではないが、少なくとも私自身が大学時代にすごした、とある文芸サークルの部室の雰囲気――とくに何か用事があるわけではないものの、それでも誰もいない賃貸アパートに帰りたくなくてなんとなく足を運んでしまい、そしてそこにいる誰かととりとめもない話をした、そんななつかしさを感じさせるような雰囲気が、たしかに本書のなかにはある。そして、本書に登場するジャズ喫茶“B”を、たとえば大学のサークルのひとつとしてとらえたとき、本書は60年代末を舞台とした、古めかしくもある種の懐かしさの漂う青春と恋愛を描いた小説としても充分通用する、という事実に気がつく。

 岸には想像もつかないだろう。物心ついてこのかた、一度も人に必要とされたことのない、そんな人間だけが享受できる喜びは。「お前にしか頼めない」その言葉の持つ響きを、私は噛みしめていた。

 はたして、岸は「府中三億円強奪事件」をつうじて何をしたいと思っていたのか、そして中原みすずは、その事件の実行犯としてどうなることを願っていたのか。「府中三億円強奪事件」の実行が、あくまで何かの手段のひとつでしかない以上、彼らにとっての物語は事件が起こったあとも終わらない。むしろ、事件が終わったあとの彼らの行動にこそ注目すべき作品でもある。当時の三億という、人を狂わせるには充分な大金を前にして、なおそれ以上に大切にしたいと思った、切なくなるほど純粋な若い心――それを思ったとき、私たちはなぜ「府中三億円強奪事件」が今もなお、これほど多くの人たちを惹きつけずにはいられないのか、その理由をまざまざと思い知ることになるだろう。(2006.08.23)

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