【岩波書店】
『ある放浪者の半生』

V.S.ナイポール著/斎藤兆史訳 



 自分は何のために生まれてきたのか、本当の自分とは何なのか、自分がいるべき場所はどこなのか、という命題は、自我をもって生まれてきた人間であれば誰もが一度は考えずにはいられないものであるが、けっして長いとは言えない人の一生のなかで、はたしてそうした命題に確固とした回答を得ることのできた人間は、いったいどのくらいいるのだろうか、とふと思うことがある。

 ちょっと前に「自分探し」なる言葉が流行したことがあったが、正直なところ、私はその言葉があまり好きではない。なぜなら、「自分探し」という言葉には、ともするとその行為自体がひとつの目的となって、とりあえず自分は有意義なことをしているという自己満足に陥ってしまいがちであるからだ。言ってみれば、確固たる自分が見つからなければ、自分は何もできないし、またする必要もないという、ある種の免罪符のような意味合いを帯びている部分に対する嫌悪感である。あたり前のことだが、時間は個人が「自分探し」を完了するのを律儀に待ってくれるわけではなく、私たちは否応なく社会に出て、自分の力で生活していかなければならなくなる。自分が何者なのか、本当にやりたいことが何なのかわかっている人など、むしろほんのひと握りでしかない。大抵の人間は、そうした疑問を常に突きつけられ、自分の選択が本当に正しいのかどうかを迷い、悩みながらも、とりあえずこうであろうという道を進んでいく。明確な答えなど、出ることのほうがむしろ稀であるし、仮に出たとしても、それが年月とともに変化していかないという保障はどこにもないのである。

 物語にははじめと真ん中と終わりがなくてはいけないということを言ったらしいね。だけどさ、考えてみれば、人生はそうはいかない。人生はすんなりと始まるわけでもなければ、きれいに終わるわけでもない。

 本書『ある放浪者の半生』という作品を読み終えて私がまず思ったのは、おそらく確信犯的であろう中途半端さである。そもそもタイトルに「半生」とあるからには、対象となる人物の人生は、本書のなかでは語り終わっていたとしても、それがその人の人生の終わりを意味しているわけではない、ということである。

 ウィリー・チャンドランのミドル・ネームであるサマセット――イギリスの有名な作家の名前でもあるサマセットの由来について、彼の父親が語った話を載せた「サマセット・モームの訪問」、なかば確定していたはずのインドでの立身出世の道を捨て、「後進民」と呼ばれる低階級の女性と結婚したそんな父親の生き方に反発し、単独イギリスの大学に留学したウィリーの生活を描いた「第一章」、そして、そこで出会ったアフリカ出身の女性アナと結婚し、彼女とともにアフリカの地に渡った十八年間を、ドイツにいる妹に自身が語って聞かせるという形の「再訳」の三章からなる本書であるが、「第一章」があるのにそれ以降の章はなく、また初訳がないにもかかわらず「再訳」という章があるというその構成を見ても、著者の抱えるある種のひねくれた性格がわかるというものである。その内容についても、主人公であるウィリーはインドからイギリス、そしてアフリカへと流れていき、そのなかで恋をしたり社会運動の機運に巻き込まれたりといった経験をしながらも、けっきょくのところ彼が出した結論は、「自分はまだ自分の人生を生きていない」というものであり、そこからさらに何かがはじまっていくわけでもなく、唐突に物語は終わってしまう。

 はたして本書において、ウィリーの物語はどこに行き着こうとしているのか、いや、そもそも彼の物語は始まっているのか? もしかしたら出発点にすらたどり着いていないのかもしれないのでは、という不安さえ感じさせる本書の構造は、物語としては異例のものだ。なぜなら、それが物語であるからには、主人公は何らかの出来事に遭遇し、その結果として彼のなかで何かしらの変化が生じるのが前提であり、そうでなければ物語としての形をとる意味がないからである。そして、そんなふうに思えてしまう大きな要因として、「自分探し」をしているように見えながら、その背後に常に逃避の姿勢を垣間見ずにはいられないウィリーの行動がある。

 自分が何者であるのか、というアイデンティティの揺らぎ――同じように有名な作家の名前をつけられたというエピソードからはじまる作品として、ジュンパ・ラヒリの『その名にちなんで』があるが、ゴーゴリという名をもつ主人公が、まさにベンガル人にもアメリカ人にもなりきれない苦悩をかかえながらも、それでもなお自分が生まれた土地に自身の居場所を見出していこうとしているのに対し、本書のウィリーの場合、常に今、ここではないどこかに自分の本当の居場所があるのではないか、というある意味でモラトリアムな考えをいだいており、自分の力で自身の居場所を築いたり、自分のなすべきことを決意したりするようなことはない。サマセットというミドル・ネームも、ウィリーがイギリスという別の土地に移るきっかけにすぎす、彼のアイデンティティの揺らぎを象徴しているわけではないし、そもそも彼はミッションスクールに通っていた影響で、宣教師を目指すためにカナダへ行きたいとさえ思っていたのだ。

 もしサマセットというイギリス作家の名前が、何らかの影響をウィリーにおよぼしているとするなら、それは創作という要素だろう。ウィリーはインドにいるときから、父親への反発としていくつかの物語を書くということをしてきたが、イギリスの大学での留学時代には、短編集を出版するにいたるまでに、その創作の腕をふるうことになる。それはあたかも、かつて彼の父がサマセットの著作のなかに登場することで、思いがけずインドの聖人という偽りの自分を生み出す結果となったのを、自分自身の身に再現させようとするかのようですらあるのだが、そうした行為もふくめて彼がその半生においてやってきたことは、想像上の自分――おもに異邦人としての自分の姿を物語のなかに見出そうとすることであり、その根底にあるのは現状から目をそむけること、逃避という姿勢でしかない。

 そしてそんなふうに考えると、「再訳」という章において語られるウィリーのアフリカでの結婚生活も、まさにその語りゆえに、ウィリー自身の創作という要素がどうしても入り込まずにはいられなくなる。そうなると、はたして本当のウィリーという人間は、本書のなかのどこにあるのか、そもそもこの物語のどこまでが現実で、どこまでがウィリーの創作なのかというその境界線がかぎりなく曖昧になってしまうことになる。

 もし本当の自分というものがそうそう簡単に見つけられないものだとするなら、もしかしたら間違っているかもしれない、という可能性をふくんだうえで、それでもなお選びとっていくしかない。そう、本当の自分というものは、見つけ出すものではなく、むしろ選びとっていくものだと言うことができる。そして、何かを選びとり、何かを捨てていくというのは、ひとつの勇気である。自分から何かを選びとることを放棄したところからはじまる本書の中途半端さ――そこには、仮に何かを選びとったとしても、そこから常に変化していかざるを得ない私たち人間の人生に対する、ある種の皮肉が満ちている。(2006.06.30)

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