【角川春樹事務所】
『トロイの木馬』

冷泉彰彦著 

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 それまで情報の受け手のひとりでしかなかった一個人が簡単にホームページを立ち上げ、文字どおり世界じゅうに情報を発信できるようになり、ビジネスにおいてもさまざまなデータを添付できる電子メールの利用が必要不可欠となりつつある現代、私たちはあるいは、高度なネットワーク社会のなかに生きている、と言ってもいいのかもしれない。だが、ときに人間の血管や神経にもたとえられるネットワークには、まだまだ問題も多い。それぞれの国で使われている言語体系の違いも、そういった問題のひとつだ。ビジネスの世界でこそ、共通言語としての英語が浸透しているものの、ネットワークがよりプライベートな分野にも開かれていく場合、言葉の違いはネットワーク社会の大きな壁となってくる。せっかく一瞬にして世界じゅうにつながるネットワークを利用できる環境を持ちながら、自国語のサービスしか受けられない――同じ言語圏のなかに縛られてしまうといった現象は、本書『トロイの木馬』に登場するムーン・マクロ・システムズのアラン・マカリー会長に言わせれば「ネットワーク的でない」状況、ということになるだろうか。

 日本を飛び出し、アメリカはマンハッタンのコンサルティング会社で、ハイテク分野のコンサルタントとして働いていたミッシー・シマダこと嶋田美佐子を、結果的には世界のあちこちへ駆けまわらせたそもそもの発端は、彼女の得意先であるエディンバーグ社が開発していた、アジア言語のマルチリンガル自動翻訳ソフトだった。
 何者かによるウィルスの妨害により開発が遅れていた自動翻訳ソフトに対し、親会社である細山通信から一方的なプロジェクト中止とデータベースの廃棄を言い渡されたエディンバーグ社は、細山グループから離反し、会社そのものを売りに出そうとしていた。だが、そうなると、細山通信とエディンバーグの仲介役として働いていたミッシーの立場がない。コンサルティング契約は更新されず、売上を大幅に落とすことを避けられないミッシーは、最悪の場合会社を解雇されてしまう。エディンバーグ社の技術者であるデビット・朱やケン・野島こと野島健一にしても、プロジェクトが潰れれば解雇はまぬがれない。ミッシーは友人であり優秀な弁護士でもあるエリーことエレノア・ブラッドレーやエディンバーグの技術者のふたりと情報を交換しながら、なんとか現状を改善しようと活動をつづけていくが、そんな彼等の想いとは裏腹に、それぞれの立場は徐々に悪くなっていく……。

 これまでにも、私はネットワーク社会やコンピュータをテーマにしたハイテク技術満載の作品をいくつか紹介してきたが、ネットワーク社会を文字どおりグローバルな視点でとらえようとした作品は、本書がはじめてではないだろうか。ウィルスの手がかりを求めて台湾へ渡ったまま行方のわからなくなってしまったデビット・朱、そして彼を追ってアメリカを出たケン・野島もまた、複雑な事態に巻き込まれていることを知ったミッシーは、危険を承知でケンの足取りを追うことになる。アメリカから、日本、台湾、中国、イギリスへ――まさに、ネットワークが一瞬にして世界とつながるのを象徴するかのように、物語の舞台はけっしてひとところにとどまることはない。そもそもミッシーからしてが、日本人にしてアメリカで生活し、ときに応じて属する環境を変えていく、ある意味でグローバルな人間だと言うことができる。あきらかに某大企業を思わせるシアトルソフトによる市場独占問題やブラウザ戦争、またアジア語圏では深刻な問題である「ユニコード」や、サーチ・エンジンによる中国当局の検閲問題など、現代におけるネットワークやコンピュータの問題もからめながら、物語は謎が謎を呼ぶ形で進んでい く。はたして、デビット・朱はなぜ失踪したのか、ウィルスを撒き散らし、ネットワーク上の漢字コードを執拗に攻撃するクラッカー集団「ネット・ワーム」の目的は何なのか、そして新会社を設立したミッシーたちに逆転の機会はあるのか?

 さまざまな国、さまざまな企業や組織がネットワークやコンピュータをどのように把握し、そしてどのように活用していくのか――そこには、国境を越えて広まっているにもかかわらず、昔と変わらない、人種問題や企業の古い体質の問題、セクハラや誹謗中傷などの問題に溢れている矛盾した現状がある。

「コンピュータってのは、絶対に嘘をつかない。白と黒がはっきりしている。だから好きだったんだ――(中略)――でも、使う人間が嘘をつくと、コンピュータも嘘にまみれる」

「トロイの木馬」とは、コンピュータの分野では、システムの内部に寄生して不法侵入の手引きをするプログラムのことを指す。善意も悪意も呑みこんで、急速に発展し、世界を結びつけていくネットワーク社会のなかで、私たちはコンピュータとどのように向き合っていくべきなのか――さまさまな仲間と出会い、いろいろな人達と知り合ったミッシーの物語を読み終えて、ふとそんなことを考えた。(1999.09.30)

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