【徳間書店】
『白色山塊』

戸川幸夫著 



 朝鮮半島の北から中国東北部、さらにロシア沿海州にまたがる満州の大密林地帯を舞台とした作品として、ある牡の虎の戦いを書いたバイコフの『偉大なる王(ワン)』があるが、この地帯が昭和7年から20年にかけて存在した満州国の領土内であったこと、そしてこの満州国が旧日本軍の積極的な関与を受けていたことをはじめ、中国や旧ソ連、モンゴルといった国家と国境を接しており、当時は軍事的にも重要な拠点のひとつとして位置づけられていたことはご存知だろうか。「満州」という言葉を聞いて、たんなる地域の名前というよりは、かつて存在した国の名前を連想する方は、日本人の中では意外と多いのかもしれない。

 本書『白色山塊』は、その満州国を舞台とする作品である。主人公の田中吾一は昭和12年7月に、満州国でもソ連と国境を接する東寧県の参事官として就任することになるのだが、そこは黒龍江の中洲の所属をめぐって小競り合いがあったばかりの、危険な場所でもあった。そして当時の満州国はソ連ばかりでなく、日本軍の影響を色濃く映している満州国の存在自体を快く思わない中国の匪賊たちにも悩まされていた。命がけの誠意をもってことに当たれば、相手が人間であるかぎり通じないことなどありえない、という強い信念をもち、また戦争勃発のデマに怯える住民たちの心を安定させることこそが国の安定にもつながるという気骨の持ち主でもある吾一は、かつて彼が匪賊の小頭目から帰順させた陳宝祥の力を借りて、最近東寧県一帯を跋扈する匪賊の一派と単独で会見、帰順こそさせられなかったものの、東寧県から身を引かせることには成功した。

 こんなふうに本書の内容を書き出していくと、まるで本書が戦争小説であるかのような印象を与えるかもしれないが、この作品の中心にあるのは、満州国という名の特殊な事情をもつ国のことでも、まして戦争のことでもなく、じつは満州に広がる密林を住処とする虎との戦いにこそある。そしてこの虎の猛威というのは、満州の密林を切り開いて人の住み良い土地を広げようとしている東寧県が、国境沿いのソ連や中国の匪賊とともに頭を悩ませている問題でもあった。人間相手なら、たとえその命をかけてでもなんとかしてみせる、という吾一も、大自然の猛威だけは容易にならないものがある。次々と人を襲うようになった虎をなんとかすべく、当初は軍隊を呼んで虎刈りをさせたりしたものの、一向に成果はあがらず、被害が広がるいっぽうという状況に、吾一は虎狩りの名人である老猟師、于竜飛の協力を仰ぐ。根っからの山の人間であり、また一度仲間だと見なした人物に対しては深い信頼を結ぶ竜飛は、それゆえに大きな危険をともなう虎狩りの協力を断っていたが、吾一の粘り強い説得に心動かされ、ともに虎狩りを行なうことを承諾する。

 厳しい自然のなかで、お互いに命を預けるような虎の追跡をつうじて育まれていく、国や民族の違いを超えた信頼関係や友情といったテーマもさることながら、第一に満州の密林の自然やそのなかで生きる動物たちの半端でない知識が、なにより物語に圧倒的な厚みをあたえ、読者を物語世界に引き込む力をもっている。とくに虎の生態やその狩りの方法などは、まるで高い知能が備わっているかのように狡猾であり、竜飛の力を借りてもなお、容易にその姿を見せることがない。それに対して、足跡などのわずかな手がかりをもとに、辛抱強く何日も森のなかを歩き続け、虎を追い続ける竜飛の行動もまた、虎のこと、そして満州の密林のことを知り尽くしているという長年の経験に裏打ちされたものである。

 お互いがその姿を視認したとき、おそらくその瞬間には勝負が決まるであろう虎狩り――その一瞬の緊迫感とは裏腹に、姿の見えない虎の追跡そのものは、はっきり言えば地味なものであるが、その様子がけっして退屈にならないのは、そうした圧倒的な知識もさることながら、その提示のされ方が、虎狩りは初心者である吾一に対して竜飛が教え、語るという形をとっていることも大きい。そしてそれ以上に、山の男として生きる竜飛の、自身もまた自然の一部であるという生き方に共感すべきところが多いのだ。

 じつのところ、この竜飛という人物は、上述したバイコフの『偉大なる王(ワン)』に登場する老狩人トン・リを彷彿とさせるものがある。というよりも、『偉大なる王(ワン)』があくまで虎を主体とする物語であるのに対して、本書は人間側から書かれた物語、という側面さえ見えてくるのだが、それを裏づけするかのように、本書でも「王大虎」という特別大きく、また特別賢い虎が登場し、吾一たちは彼との対決を余儀なくされる。

 虎と人間との対決、という構図でいえば、『偉大なる王(ワン)』と『白色山塊』は、それぞれ両極端に位置する小説ではあるが、本書の場合、あくまで人間が主体ではあるが、けっして虎を一方的に悪役としているわけではない。なぜなら、吾一たちが狩りの対象とする虎たちが人間を襲うようになった原因が、かならず人間側にあることを明記しているからだ。そして本書の場合、その人間側の事情が、しばしば虎狩りという物語のメインを中断させる要因にもなっている。たとえば吾一の東寧県の参事官という立場もそうであるが、王大虎もまた危うくなると、国境を越えてソ連側へと逃げていくというエピソードなどは、人間が勝手に引いた国境が、しょせんは人間だけの都合でしかないということを痛感させる意味では秀逸であるし、その都合に縛られてしまう人間に対するこのうえない皮肉にもなっている。

 はたして、人食い虎となってしまった王大虎との対決は、どのような形で決着を迎えることになるのか。濃密な緑が支配する密林のなかで、ときに猛吹雪や山火事といった自然の脅威にさらされながらも、しだいに文明社会のなかを生きる人間ではなく、あくまで一個の生物としての感覚を研ぎ澄ませていく吾一が、虎との対決のなかで何を見出すことになるのか、ぜひ確かめてもらいたい。(2009.11.25)

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