【角川書店】
『漂流教室』

楳図かずお原作/風見潤著 

背景色設定:

 ある特殊な環境――たとえば無人島といった限られた空間に、ある日突然放りこまれた集団が、どのように生きのびていくかを描いた、いわゆる「サバイバルもの」は、『十五少年漂流記』や『蝿の王』などを筆頭に、最近では高見広春の『バトル・ロワイアル』といった種類のものも含めて、昔から作家たちを魅了してきたテーマのひとつだと言うことができるだろう。なぜなら、「サバイバルもの」は現実のリアリティーを維持しながら、非日常という虚構世界を創造するのにもっとも都合の良いシチュエーションであるばかりでなく、極限状態に追い詰められた人間の本性を描くことで、「人間とは何なのか」「人はどのように生きるべきなのか」という、根源的なテーマを強烈に押し出すことができるものでもあるからだ。

 それは何も、小説にかぎったことではない。マンガの世界においても、さいとうたかをの『サバイバル』や、望月峯太郎の『ドラゴンヘッド』など、いくつかの名作が挙げられるが、そのなかでももっとも過酷な条件を設定した「サバイバルもの」と言えば、やはり楳図かずおの『漂流教室』であろう。なにしろ、主人公である高松翔をはじめとする小学生たちが、小学校の校舎ごと飛ばされてしまった先は、草一本虫一匹いない、未来の死滅した世界である。しかも、ただでさえ水や食糧が不足しているのに、さらに追い討ちをかけるような災難が次々と翔たちを襲う――「サバイバルもの」としての要素はもちろんのこと、SFやパニックホラー、友情や母子の愛といった多くのテーマを詰めこんだ『漂流教室』は、昭和47年という、私がまだ生まれてもいない時代に描かれたものであるにもかかわらず、今もなお色褪せない恐怖と感動を読者に与える名作であることに間違いないのだが、楳図かずおの絵柄は、ご存知の方はご存知だと思うが、非常に独特のアクのあるものなので、人によっては敬遠されてしまうことも多いようだ。

 今回ここで紹介する小説版『漂流教室』は、楳図かずおの原作をもとに、風見潤が小説として起こしたものであるが、私の知るかぎりにおいて、台詞も含めて原作の漫画を忠実にノベライズした作品である。原作漫画の絵柄が苦手だという方に本来ならオススメする本なのだが、残念なことに全5巻になる本書は、いずれも品切れ・重版未定ということらしい。だが、この書評をお読みいただいた未読の方々が、せめて原作のほうに目を向けてくれれば幸いである。

 原作者楳図かずおの漫画と言えば、必ずといっていいほど子どもたちが登場し、物語の主導権を握ってしまうことでも有名だ。本書においても、未来へ飛ばされてしまったのは小学生ばかりでなく、先生をはじめとする大人たちも含まれているのだが、ごく一部の例外を除いて全員が発狂したり自殺したりして、早々に物語から退場させられてしまう。そして楳図かずおが描く子どもたちは、けっして純粋無垢な天使ではなく、善悪の判断よりも自分の身勝手な欲望に忠実で、それゆえに、ときには平気で残酷なこともしてしまう悪魔の一面も秘めた姿をしている。

 そこには、世の大人たちが無自覚に押しつけようとする幻想はまったくない。あるがままの、無秩序の塊としての子どもたちが、「大人」というリミッターをはずされたときに見せる、凄まじいまでのエネルギーを、虚飾なく描くのが楳図かずおの漫画の特長である。

 社会的規範にとらわれない、子どもたちのこの力――それは、子どもたちの小さな理性で押さえるのが難しいほど大きなものであるがゆえに、ときに暴走し、子どもたち同士を対立させ、はては殺し合いまでさせてしまうほど危険な力であるが、同時に頭のかたい大人たちには受け入れられなかった現実にいち早く適応し、とにかく生きていこうとする、生物としての力の源でもある。一連の「サバイバルもの」において、そのほとんどが子どもたちを主人公にしているのは、彼等が「生きる目的」うんぬんといった理屈ではなく、本能的な生への執着に近いところにその心を置いている生き物であるからだろう。とくに本書のような、まったくと言っていいほど絶望的な状況において、それでも最後には自分たちがこの世界に飛ばされてきた意義を見つけ出してしまう、子どもだからこその強さには、深い感銘を覚えずにはいられない。

 だが、著者はけっして、その無秩序な力の流れだけを描きたかったわけでないことは、高松翔とその母親との、時を超えた愛情の生んだ奇跡が証明してくれる。それはたんに、翔たちのピンチを救う手助けになったばかりでなく、翔たちをはじめとする子どもたちを、本能のままに生きることから、まぎれもない人間として、未来をよりよくするために生きなければならない、ということへの転換にもなってくれるのだ。

 過去から未来へ、そして未来から過去へ――本書が人間の剥き出しの欲望という、暗い一面をさんざん描きながらも、最後には大きな希望をもたらしてくれるのは、この時を超えた深い絆が、ひとりひとりでは無力な人間たちを結びつけることで、何かを大きく変えることができる、ということを訴える作品であるからに他ならない。そして、「サバイバルもの」としてけっして欠かすことのできない「成長」という点についても、また伏線も含めたストーリーの完成度についても、本書は第1級の作品であると断言していいだろう。

 多くの作家たちを魅了する「サバイバルもの」は、その魅力とスケールの大きさゆえに作家を選ぶ、難しいテーマでもある。はたして、小説も漫画もひっくるめて、本書『漂流教室』を超える「サバイバルもの」が、今後生まれてくるだろうか。(2002.01.26)

ホームへ