【講談社】
『1/2の騎士』

初野晴著 



 社会的生き物である私たち人間にとって、弱者であることは、ただそれだけでハンディーを背負わされている、ということを意味する。たとえば生まれつき体の不自由な人たちが、大多数の人たちがあたり前のようにできることができなかったり、多大な困難をともなうものであったりするのは比較的想像しやすい。群れをなして行動する動物たちのなかで、そうした身体的に劣った個体というのは、真っ先に外敵に狙われる運命にある。ただ、生物学的に天敵のいない人間たちの社会において、弱者とは少数派、マイノリティであることと結びつく。そして少数派は、少数派であるがゆえに、多数派中心の社会のなかでは異端視されやすい。それはまるで、人間同士で「天敵」と「その餌」という役割を請け負っているかのようにすら見えてくる。

 私たちが他ならぬ「人間」という種であるからには、マイノリティの存在をただの弱者として切り捨ててしまうのではなく、その不自由さを想像し、支えあいながら生きていくという道を選んでいくのが理想だ。逆にそうでなければ、なぜ私たちは「人間」として生まれてきたのだろうか、ということになる。今回紹介する本書『1/2の騎士』のなかには、そうしたメッセージ性が強く感じられる。

「ぼくたちはきっとうまくやれる。ぼくなら、きみを守る本物の騎士になれる」

 東北の地方都市に住む女子高生の円裕美、通称マドカが、なぜか彼女にしか見えない男の子「サファイヤ」の力を借りながら、街で次々と起こる異常な犯罪に立ち向かっていくという本書は、警察や私立探偵ですら手を焼いているその不可解な事件がどのようにして引き起こされているのか、その謎を解明していくという意味ではミステリーとしての構造を持ちあわせているが、その犯罪行為がなかば都市伝説化しており、それが本書のもつ幻想的な雰囲気を際立たせる要因ともなっている。連れ去った人間を生きたまま焼いて灰にする「グレイマン」、盲導犬ばかりを狙って殺傷する「ドッグキラー」、神出鬼没の毒ガス散布魔である「ラフレシア」――どこか人智を超えた力を有するように思える名称を与えられた怪異は、その正体が見えないがゆえに人々にとっては大きな脅威となりえるが、そんな彼らの「わけのわからなさ」を引き立てていく構成の妙が、本書のもつ特長のひとつである。

 たとえば殺人事件が発生し、探偵役の人物が登場してその真犯人を特定するという流れはミステリーの王道であるが、基本的にその事件と探偵との関係は完全に切り離されている。探偵はあくまで事件とは無関係な第三者として登場するのだが、それは、ミステリーがもつ「謎解き」というゲーム性によるところが大きい。だが本書の場合、探偵の相手は一種の「怪異」だ。そしてその「怪異」は、怪異であるがゆえに探偵役の人物を第三者の立場のままにしてはくれない。結果として、マドカはそうした「わけのわからない」脅威に対して、自身にも危険がおよぶ可能性を承知のうえで立ち向かわなければならなくなり、それゆえに本書の緊迫感も否応なく高まっていく。まして、探偵役を担うことになった彼女が、何らかのハンディーを抱えた弱い立場の側の人間であれば、なおさらのことである。

 本書を評するうえでけっしてはずすことのできないのが、登場人物たちのマイノリティ性という要素である。たとえばマドカの場合、運動誘発性喘息という病気をかかえており、それを抑えるための薬が不可欠だ。異常連続犯罪者たちのターゲットとなった人たちが、肉体的弱者や精神的に脆い部分をかかえている人たちばかりであるというのも、けっして偶然ではない。同じ人間でありながら、弱肉強食の関係を強制するという意味で、本書のなかで起こる事件は人間社会がかかえる問題の縮図としても機能しているのだ。しかし、彼女たちの生きる世界はアフリカのサバンナではない。マドカたちに必要なのは純粋な力ではなく、「怪異」の正体を暴き、彼らを自分たちと同じ土俵――人間としての土俵に引きずりおろすための知恵である。

 そういう意味においても、「サファイヤ」という男の子の存在は、まさに本書のテーマを象徴するものだと言える。同性愛の性癖をもつマドカが当初本気で恋してしまうほど女装の似合う彼は、じつは彼らの敵となる「怪異」以上に謎だ。彼をもっとも的確に表現する言葉は「幽霊」であるが、そのわりには人間と同じような欲求をもち、またさまざまな知識を披露したり鋭い洞察力を発揮したりする。じっさい、彼こそが真に探偵としての役割をはたしていると言ってもいいのだが、彼には人間社会そのものに干渉する力がない。物を触ることはおろか、壁をすり抜けることもできない。そもそもマドカをふくむ特定の人間以外には、その存在すら認知されない。「マドカを守る騎士」を自称してはいるが、じつはサファイヤこそがもっとも無力な存在なのだ。

 サファイヤやマドカが人間としての知恵を武器に、協力して得体の知れない怪異を相手に立ち向かっていくというシチュエーションは、それだけで熱い展開ではあるし、そんな彼らが弱者を守るという目的のために脅威と立ち向かうさまも美しい。だが、サファイヤという存在を語るうえでもっとも重要なのは、彼の豊富な知識や探偵としての洞察力ではなく、彼の人間としての弱さであり、その弱さをふくめたうえで、まぎれもない人間として生きることとはどういうことなのかを象徴している点である。

「無理しなくたっていいんだよ。すこしくらいみんなの期待を裏切っても、責められることはないんだよ。アーチェリー部のみんなだって、きみに頼りすぎていることを知っているんだ」

 部としては新しいアーチェリー部をひっぱり、自身もインターハイ出場などで大きく貢献してきたマドカは、部員から頼れる存在として自身の弱い部分――たとえば喘息もちであるという事実を周囲にひた隠しにしていこうとするところがあったが、サファイヤとの出会いをつうじて、マドカは自分の弱さを少しずつさらけ出し、友人知人の助けを素直に受けたり、力を貸してもらったりするようになる。それは間違いなくサファイヤという存在――彼ひとりでは何もすることができない弱者の存在に触れたからだ。そしてそれはそのまま、ひとりひとりは無力な人たちが力を合わせることで、大きな脅威に打ち勝っていくという物語の流れを生み出すことになる。これで面白くないわけがない。

 マドカとサファイヤ、ふたりでひとつの物語。だからこその本書のタイトルであるが、過去の悲しい事件もふくめたマドカのかかえる問題や、サファイヤという物語最大の謎もふくめ、ミステリーと物語という要素がこれまでになく完成された形で融合している傑作である。ぜひその物語を堪能してもらいたい。(2011.10.23)

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