【早川書房】
『パーンの竜騎士』
(「竪琴師ノ工舎」三部作)

アン・マキャフリイ著/小尾芙佐訳 



 人間の想像力が生み出した架空の動物のなかでも、竜――ドラゴンほど多くの人々に認知されている獣は、ほかにはいないだろう。竜の登場は、はるかな昔、まさに神話の時代にまで遡ることができる。主に西側では邪悪の化身、勇敢な騎士などの手によって倒される化け物として、また東側では水をつかさどり、人語を解し強大な力を振るう神の化身として、さまざまな神話や伝説に登場してきた竜――そして今もなお、日本では干支のひとつとして人々の生活にとけこみ、ファンタジーなどの世界では空を飛び、口から火炎を吐く最強の獣として君臨しつづけている竜は、その異様な姿とはうらはらに、なぜか私たちの心を惹きつける不思議な魅力を持っている。
 そんな神秘的なイメージを持つ生き物の竜が活躍する世界を、アン・マキャフリイはSFという、およそ幻獣などの入りこむ余地もなさそうな分野において、しかし見事に築き上げることに成功した。「パーンの竜騎士」と呼ばれる一連のシリーズにおいて登場する竜は、赤い星から雨のように降り注ぎ、地上のあらゆるものを食い尽くしてしまう糸胞体から惑星パーンを守るために、竜騎士と呼ばれる人達とともに戦っている。燐火水素をふくむ岩石を噛み砕くことで発射される火炎で、糸胞体を焼き払う、という方法で。さらに、ここの世界の竜は「間隙」と呼ばれる亜空間をくぐることによって瞬間移動が可能であり、また生まれるとすぐに特定の人間と精神的な契りを結ぶ(これを「感合」と呼ぶ)という、不思議な性質をもっている。そして、「パーンの竜騎士」1〜3巻が、長きの平和を破って再来した糸胞体と戦う竜と竜騎士たちの姿を描いているのに対し、今回紹介する「パーンの竜騎士」4〜6巻(「竪琴師ノ工舎」三部作)では、ある特定の少年や少女を主人公にすえ、パーンという世界の風土に触れつつ、その心の成長を描く、というスタイルをとっている。

 半円海ノ城砦に住む少女メノリは、音楽に関する――とくにその作曲能力に関してたぐいまれなる才能に恵まれながら、城砦の太守であり、古い因習ばかりにこだわる頭の固い父ヤナスと、日々の仕事をこなすことに口うるさい母マビによって、ずいぶんと窮屈な思いを抱いて暮らさなければならなかった。とくに、彼女の唯一の理解者であった竪琴師ペティロンが死んでからは、歌を唄うことも禁じられ、手を大怪我したときには二度と竪琴が弾けなくなるよう、わざと雑に縫いつけられるという仕打ちに我慢できなくなったメノリは、ついに城砦を抜け出して、ひとりで生きる決意をする……。本書は、そんなメノリが糸胞の襲来からなんとか身を守りながら、偶然見つけた火蜥蜴と呼ばれる小型の竜と感合し、やがて竪琴師ノ長ロビントンとの邂逅を果たして、竪琴師たちの集まる工舎に招き入れられるまでを書いた『竜の歌』と、竪琴師ノ工舎で火蜥蜴とともに生活することになったメノリが、その素晴らしい才能ゆえに古くからの徒弟や工師たちの羨望と嫉妬にさらされながらも、徐々に自分の才能を開花させ、工舎における自分の居場所を確立するまでを書いた『竜の歌い手』、そして、ロビントンの密命を受けてナボル城砦の様子を探ることになった、メノリが工舎で最初に友達になった世渡り上手なピイマアが、ひょんななりゆきから火蜥蜴の卵とともに南の大陸を大冒険してしまうという『竜の太鼓』の三部構成になっている。

 1巻から3巻が本格的なSFとしての「パーンの竜騎士」であるとするなら、本書4巻から6巻は、SF初心者にも充分なじめるようなプチ「パーンの竜騎士」とも言うべき内容となっている。中心となって活躍する竜も、竜騎士を乗せて糸胞と戦う巨大な竜ではなく、火蜥蜴と呼ばれる、てのひらサイズのミニドラゴンだ。だが、この「竪琴師ノ工舎」三部作が、前者に比べてスケールに劣ると考えているのであれば、それは大きな間違いである。

 人並みはずれた才能を持ち合わせながら、女だからという理由だけで抑圧されつづけたメノリが火蜥蜴の巣を見つけ、九匹もの火蜥蜴と感合する、というシチュエーションに隠されているのは、「世間では役立たずだと思われていたものが、その秘められた能力に目覚めて思いがけない活躍をする」という、ある種お決まりのパターンである。だが、自分の本当の居場所を求めた強く生きていこうとするメノリと、竜騎士の竜のように糸胞と戦うわけでもなく、かわいい以外に何の役にも立たないように見える火蜥蜴たちが、感合という精神的結びつきを経て、お互いを励ましあうかのように成長していく姿は、たしかに感動的であり、うまい物語構成だと言わざるを得ない。じっさい、メノリは次々と降りかかる困難にけっしてめげることなく、音楽の才能をどんどんのばしていくことになるし、彼女の九匹の火蜥蜴も、当初こそ食べてばかりいたのが、メノリのピンチのときに身をていして守ろうとしたり、遠くにある持ち物や伝令を運んだりと、火蜥蜴ならではの活躍の場を見いだすことになる。そして、そんなメノリの火蜥蜴たちの素晴らしい力に誰よりも惹かれたピイマアは、ついに自分だけの火蜥蜴を手に入れるために、たったひとりで行動を起こすことになる。

 本書のなかで、竪琴師ノ長ロビントンはパーンという世界に変化をもたらすことの重要性について説いている。糸胞の災厄から長い間無縁であったパーンは、その安寧が生み出す人々の心の荒廃によって、一時期はその存亡さえ危うくなる、という憂き目を見た。だが、それでも長年守られてきた因習を変えるのは、大きなエネルギーと根気が必要な作業でもある。そして、そのエネルギーの源は、同じく古い体制からではなく、それまではとるに足りないと思われていた、小さな一滴からもたらされるのが常である。たとえば、メノリや火蜥蜴といった、小さきものから。そんな壮大なテーマを秘めたこのシリーズは、プチ「パーンの竜騎士」でありながら、非常に意義深い物語として完成された傑作なのである。

 自分を、家族を、城砦を養うため、ひがな一日、内にそとに精を出して働くのもひとつの生き方だが、孤独な人々や、音楽とは無縁の人々に慰めをあたえる仕事は、それとはちがう、はるかに充実した生き方だ、とメノリは思う。――(中略)――彼女はもともと、竪琴師ノ工舎に属する人間なのだ。

(『竜の歌い手』より)

 メノリが感合した九匹の火蜥蜴たちのうち、何匹かはメノリの歌声にあわせて素晴らしい合唱を披露するまでに成長する。人と竜との音楽による新たな調和を描いた本シリーズをぜひとも読んでもらいたい。そして、本シリーズで脇役として登場した人物が活躍する「パーンの竜騎士」1〜3巻も、合わせて読んでいただければ幸いである。(2000.05.27)

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