【岩波書店】
『ハダカデバネズミ』

吉田重人・岡ノ谷一夫著 



 岩波科学ライブラリーの<生きもの>シリーズのひとつとして刊行された本書『ハダカデバネズミ』――「裸」で「出っ歯」で「ネズミ」という、そのネーミングからして一度聞けば忘れようにも忘れられない、ある意味強烈でひどい名前をもつこの生き物の存在を私がはじめて知ったのは、じつは貴志祐介の小説『新世界より』を読んでいたときのことである。科学技術ではなく「呪術」と呼ばれる力が発達していった、遠い未来の日本を舞台とするこの作品のなかで、ハダカデバネズミは「バケネズミ」という名前で、人に近い知能を有しながら、たんなる労働力として人に使役される存在として書かれていた。もともとがホラー作家であるがゆえに、人間の意志をどん底に陥れる要素に溢れているこの作品のなかでも、「バケネズミ」は少なからぬ異彩を放っていたことをよく覚えているが、カラー写真をふんだんに用いた本書においても、その存在感は圧倒的だ。

「ハダカ」という言葉を冠しているだけあって、彼らには体毛が生えていない。より正確に言えば、体のあちこちに白いひげが生えているのだが、見た目は体毛のないネズミであり、「しわしわの焼き芋のような外見」という表現が、まさに言い得て妙である。そして奇妙なのは、その外見だけではない。哺乳類であるにもかかわらず変温動物であり、下顎の出っ歯を左右別々に動かすことができ、アリやハチのように女王を中心とする階級社会(本書のなかでは「真社会性」という言葉を用いている)を形成するという意味で、その生態系も独特だ。本書はこの、世にもヘンテコな生き物について、なぜそのような姿をしているのか、どこで、どのように生活しているのか、そしてなぜ著者たちがハダカデバネズミを研究し、どのような可能性を彼らに託しているのかについて、自身の研究成果もまじえながら紹介している。

 何よりもその容姿の強烈さが印象深く、見た目の気持ち悪さ、奇怪さがとりあげられるハダカデバネズミであるが、本書がより注目しているのは、その容姿よりも彼らのとる行動や暮らし方だと言うことができる。というのも、哺乳類のなかでも明確な役割分担がなされたうえでの社会を構築しているのは、じつは彼らだけだからである。

 真社会性とは、二世代以上が同居し、繁殖個体が限定されていて、その他の個体は繁殖個体の繁殖を手伝うだけ。自分では繁殖しない個体をたくさん含む社会集団を持つことを指す。

 多くの群れを成す動物の存在は、とくに珍しいものではない。だが、彼らの群れが漫然とした同種族の集合体にすぎないのに対して、ハダカデバネズミの築く社会は明確な役割分担が実現している。とくに生殖行為について、一匹の女王デバと数匹の王デバのみに限定されているというのは、昆虫の世界であればともかく、哺乳類のなかではきわめて稀なことらしい。エサを求めてひたすらトンネルを掘り進んだり、女王デバに威嚇されて「服従のポーズ」をとったり、女王デバの新生児のために「肉ぶとん」となって保温につとめる係がいたりと、その行動はきわめて多彩であり、かつ興味深い。本書の最初のほうで「今や世界中の動物園でハダカデバネズミの人気が急上昇中だ」という文章を見かけたときは、その容姿ゆえに「なにを大袈裟な」と思ったものであるが、本書を読み進めていけば、その言葉がけっして大袈裟なものでないことがすぐに理解できてくる。

 それにしても、本書のような研究者たちによる著作を読んでいくと、ハダガデバネズミを自身の研究の対象とし、その生態を観察するべく日本での飼育や実験を試みようとする彼らの、けっしてひとかたかなぬ情熱に感じ入らずにはいられない。ふつうの人であれば、その容姿だけを見て「キモい」とか「カワイイ」とかいった感想で終わってしまうところであるのに、ハダカデバネズミの「真社会性」という点に注目し、動物が社会性を獲得するさいの神経系や脳の活動、あるいはその多彩な鳴き声を調査することで、さまざまな分野での学問に一石を投じることができるかもしれない、と考えてしまうところがいかにも研究者らしいところであるが、それ以上に著者たちが、ハダカデバネズミという不思議な生き物に夢中になっていることがなんとも微笑ましい。女王デバや王デバが、その役割とは裏腹に気苦労の多い立場にあることや、働きデバでありながら固体によってはマイペースであったりぐうたらであったりといった差があったりと、ハダカデバネズミの生態はたしかに興味深く、本書を読んだ人たちに実物を見てみたいという欲求を起こさずにいられないものがあるのだ。

 奇妙奇天烈な生き物を紹介したものとしては、早川いくをの『へんないきもの』が思い浮かぶが、そこに紹介されていないのが不思議なほどのインパクトをもつハダカデバネズミ――本書には、そんな彼らの魅力がたくさん詰まっている。(2010.04.10)

ホームへ