【PHP研究所】
『天使の運命』

イサベル・アジェンデ著/木村裕美訳 



 人が誰かを好きになる、誰かに恋をする、その人のことがいとおしくてたまらなくなる気持ちというのは、多分に理不尽で、かつ圧倒的な力を秘めているものである。もちろん、人によって程度の差こそあれ、いったんその情熱的な感情にとらえられてしまったら、それ以外のどんな重要な事柄もささいなことと化してしまう。過去の歴史をひもといてみても、たったひとりの女性のために国をも傾けてしまった施政者の話は枚挙にいとまがないし、身分違いの恋や駆け落ち、恋の逃避行といった話なら、それこそ恋愛小説の一ジャンルとして確立さえしていると言える。

 まさに「恋は盲目」ということであり、理性的に考えてみれば信じられないほど愚かな行為をしでかしてしまうことがある、という意味では、たしかに恋愛感情というものは一種の狂気であり、人を破滅に導くようなものであるのかもしれない。だが、それは逆に考えれば、恋をすることは純粋な「力」でもある、ということだ。それまでその人を束縛してきたさまざまなもの――因習や身分、環境、偏見、教育といった枷を打ち壊し、それまでにないまったく新しいものを生み出していくものがあるとすれば、それもやはり恋愛感情のなせるわざであるのだ。

 そう、誰かに恋する気持ちというのは、本来なにものにも束縛されることのない自由な感情であり、またどのような障害があってもそれを乗り越えていける大きなエネルギーでもあるのだ。本書『天使の運命』に書かれているのは、ある少女を主人公にした、まるでハーレクインに出てきそうなほどの激しく、情熱的なロマンスの行方であるが、この極上の放浪譚ともいうべき物語の特記すべき点は、人間にとってもっとも身近な、そしてもっとも不思議に満ちた恋愛感情を、人々の自由を求めてやまない心情とうまく重ねあわせて描いているところである。

 舞台は19世紀半ばの南米チリ。鋭い嗅覚とさえた記憶力をもって生まれてきたエリサ・ソマーズは、貿易商を営むイギリス人家族の一員として育てられていたが、その出自に関してはくわしいことは何もわかっていない、いわば養子という立場にいた。だが、そうした事情とは関係なく、エリサは裕福な家庭の庇護のもと、何不自由ない少女時代をすごしていた。ソマーズ家の三人の兄妹、とくに船乗りのジョンと、とある理由から結婚という幸せから遠ざかってしまった美しいローズは彼女を溺愛しており、ソマーズ家の娘としてふさわしい教養を身につけさせ、ゆくゆくはふさわしい家柄の男性と結婚させ、女としての幸福を与えてやりたいとさえ考えていた。それは、チリで生きる私生児としては、望んでも得られない大きな幸運であるはずだった。

 16歳になったエリサはある日、激烈な恋の病におちいった。ホアキン・アンディエタという名のチリ青年は、人々の真の自由と平等を願う高潔で誇り高い精神をもちあわせていたが、生来の貧しい環境が彼をおおいに苦しめていた。そして、カリフォルニアで金鉱が発見されたというニュースを聞いた彼は、他の多くの人々同様、一攫千金をもとめて単身チリを飛び出してしまう。そのとき、エリサがとった行動は、このソマーズ家という安定した環境を捨てて、ホアキンの後を追う、というものだった……。

 空前のゴールドラッシュで沸き返る広大なアメリカ大陸の無法地帯のなかで、はたしてエリサはホアキンを見つけ出すことができるのか、そしてそのとき、彼女の燃えるような恋の行方は? 現実主義で古い悪習に支配されたチリとはまったくことなる、野蛮ではあるが限りない自由と可能性に満ちた土地で出会う個性的な人々や、遭遇することになる数々の出来事など、恋人をもとめてアメリカ西海岸を放浪する物語の後半は、一種の冒険小説といってもいいスリリングな展開であるが、本書をあらためて読み返してみたとき、エリサにかぎらず、この物語を構成する主要な登場人物たちは、みなそれまでの伝統やしきたりといった束縛から自由になろうとして行動をおこした、あるいは予想外の運命に巻き込まれてそうせざるを得なかった、いわば開拓者としての役割を負っていたことが見えてくる。

 過去に、エリサと同じように情熱的な恋愛を経験し、そのためにチリ社会のなかではすっかり身を持ち崩してしまったが、そんな境遇をものともせずに独身であることの幸福をつかみとろうとするローズ、その彼女に熱烈な恋心をいだき、それゆえにチリにやってきた本来の役目を忘れて金の横領をはたらいてしまったジャコブ・トッド、美しい妻と相思相愛の仲になりながら夭逝され、それゆえに伝統医師(ジョング・ジ)という名誉ある職業でも落ちぶれてしまい、なかば拉致同様にカリフォルニア行きの船に乗せられてしまった中国人のタオ・チェン――いずれも、盲目的な恋のためにその社会における節度の限度を超えてしまった、言ってみればあぶれ者、やっかい者たちであるが、カリフォルニアという未開の地は、そんな彼らの過去にはまったく触れることなく、ただ無尽蔵に受け入れていく。そこには洗練された秩序など存在しないが、それゆえに原始の熱いエネルギーに満ちた世界でもある。そういう意味では、本書は古い世界の因習や過去に犯してしまった大きな過ちから立ち直り、新しい何かを獲得していく人々の物語であり、誰もが多かれ少なかれ束縛されているものからの脱却を描いた物語でもある。

 ゴールドラッシュが人々に見せた一攫千金のチャンス――それはけっきょくのところ、大部分の人たちにとってははかない幻想でしかなかったが、著者にとってのゴールドラッシュとは、まったく別の意味における理想郷として現出していた。そしてその、なにものにも縛られることのない自由の空気は、しだいに過去の初恋にとりつかれたエリサの心を少しずつ変化させていく。

 黄金の袋を背負って勝利の道を行く者、幻滅と借金だけを背負って敗北の道を行く者、でも誰もがみんな、自分の運命も、足で踏んでいるこの大地も、未来も、失うことのない自尊心も、すべて自分の手のうちにあると感じているの。

 私たちは基本的に、誰とでも結婚することができる自由をもっている。それはいかにもあたり前のことのように思われるかもしれないが、かつて、どれだけ愛し合った者たちであっても、その結婚が認められない社会というものがたしかに存在した。だが、どれだけ時代が変わり、その価値観が変化していったとしても、人が人を愛するという気持ち、そしてその感情が、ときにどんなに大きな障害であっても乗り越えていってしまう無限の可能性を秘めていることだけはけっして変わらない。そしてそれを忘れないかぎり、私たち人間は自由であることの大いなる喜びで満たされるのだ。(2004.11.17)

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