【イーストプレス】
『ガーンジー島の読書会』

メアリー・アン・シェイファー、アニー・バロウズ著/木村博江訳 



 心の飢えを満たす、ということをしばしば考える。

 言うまでもないことではあるが、私たちが生きていくのに水や食糧はなくてはならないもののひとつである。何はともあれ、私たちは何かを食べなければいずれ飢えて死んでしまう。だが同時に、そうした体の飢えさえ満たされればそれでいいのかと言えば、それだけで済む話でないところが、人間のややこしいところでもある。

 私たちがたんなる動物であれば、あるいはそれで良かったのかもしれない。だが、他ならぬ人間として生まれてきた以上、人間らしい生き方というものを心のどこかで求めずにはいられない。たとえば、何かを楽しいと思ったり、何かを美しいと感じたりすること。たとえば、誰かの役に立ったり、感謝されたりすること。たとえば、何かを愛おしく思ったり、誰かを好きになったりすること。そうした諸々のものが、心の飢えを満たす糧となるし、それが人としての幸福にもつながってくるはずである。

 第二次世界大戦の終結間もないイギリスを舞台とする本書『ガーンジー島の読書会』について、その語るべき要素はいくつか挙げられるが、もしそこに共通するものがあるとすれば、それはやはり「心の飢え」をどう満たしていくか、という点に尽きると言える。

 チャールズ・ラムは、ドイツ軍がここを占領していたあいだ、ぼくを笑わせてくれました。とりわけ笑ったのは、彼がローストピッグについて書いたくだりです。「ガーンジー読書とポテトピールパイの会」が誕生したのも、もとはと言えばローストピッグをドイツ軍の目から隠すためでした。

 本書の大きな特長として、全篇が書簡のやりとりによって構成されているというものがある。そのなかでも中心的人物となっているのがジュリエット・アシュトンという女性で、彼女は戦時中に知り合いの出版社の雑誌に戦争を風刺するコラムを書き続けた、自主独立の精神の強い物書きとして登場する。物語当初こそ編集者であるスーザンやシドニーとのやりとりで占められるのだが、そこにある日、チャネル諸島のひとつ、ガーンジー島に住むドージーなる人物からの手紙が届く。彼は戦時中にジュリエットが手放したチャールズ・ラムの本をもっており、そこからささやかな交流が生まれるのだが、とりわけジュリエットの興味をひいたのが、戦時中にドイツ軍の監視の目を盗んで行われていたという「読書会」だった。彼女はちょうど「タイム」誌から読書にかんする記事を依頼されていたのだが、その読書会を取材することが、記事の目的に叶うものだという確信を強めていたのだ。

 手紙という形式は、それをやりとりする相手がいてはじめて成立するものであり、そこには基本的に差出人と受取人以外の人物の入り込む余地はない。それゆえに、その内容はときにプライベートな部分に踏み込む場合が多く、またお互いがあらかじめ了解している部分をあえて説明したりはしないものでもある。そうした書簡でのみ成立している本書を読む場合、私たちはひとつの必然として、手紙の文面から書き手の性格や相手との関係を類推する必要があるわけだが、このあたりの機微がなかなかにわかりやすくて面白い。

 たとえば、ジュリエットという視点で本書を読み進めていったとき、当初は執筆を予定していたある企画に飽きていたところに、ドージーの手紙が来ることで、次第にガーンジー島とその読書会に心惹かれていく様子、また過去にある兵士と恋仲になり、今回もとある富豪から好意的なアプローチを受け、舞い上がったりしてしまうところから、熱しやすく冷めやすい性格、そしておよそ我を通すという点については一歩も譲らない、頑固で気の強い一面が見えてくる。さらに言えば、ジュリエットがガーンジー島の読書会メンバーの信用を得るために、自身の人物評を知り合いに頼むという形をとることで、読者である私たちにも彼女の性格が飲み込めるような工夫もあり、書簡形式でありながらわかりやすさに気を使っているのがうかがえる。

 はたして、ジュリエットとガーンジー島の読書会との交流がどのような結果をもたらすのか、というのが本書の大きなあらすじであり、より具体的な話をするなら、ジュリエットがけっきょく誰と結ばれるのか、という恋愛要素が大きい部分もあるのだが、何よりも魅力的なのは、やはりガーンジー島の「読書会」の存在だろう。そしてその中心には、常にエリザベスという女性がいる。

 ドージーから手紙で、この会が誕生したのは、私のディナーに集まった人たちがドイツ軍から逃れるための口実がきっかけだったことは、ご存知と思います。――(中略)――私たちの大好きなエリザベス・マッケンナ――彼女がとっさに話をでっちあげたのです。彼女の素早い機転とみごとな弁舌が、救いの神でした。

 戦時中のガーンジー島がドイツ軍の占領下にあり、戦争が長引くにつれて島民たちの食糧事情もかんばしくないものとなっていったことが、本書を読み進めていくと見えてくるのだが、そんな先の見えない不安のなかで、誰よりも島とそこに暮らす人々を愛し、少しでも生きることへの楽しみを忘れないようにしようとしていたのが、エリザベスだった。ジュリエットが読書会のことを知った時点では、彼女は収容所の脱走者をかくまった罪で強制収容所に送られてしまい、そのまま行方がわからなくなっているのだが、島を占領していたドイツ軍の将校と恋に落ち、子どもまで産んでしまうエリザベス、もともと島の住人ではないにもかかわらず、危険を承知で島に残ることを決意したエリザベスの存在は、ジュリエット同様、強烈な光を放つ人物として私たちを惹きつける。それでなくとも、ガーンジー島読書会の面々は、非常に個性豊かな人たちばかりであることが、何より書簡という形式だからこそ垣間見えてくる。

 食糧にかぎらず、あらゆる物資が不足し、さらにドイツ軍の厳しい管理下にあって、食欲という体の飢えさえも満たされないなか、ささやかながら創意工夫でもって体の飢えだけでなく、心の飢えをも満たす役割を担ったガーンジー島の読書会――戦時中であっても独特のユーモアを忘れることなく、風刺エッセイを書きつづけたジュリエットは、どこかエリザベスと似たようなところがある。戦争は終わったものの、その傷跡がいまだ消えないなか、はたしてジュリエットの「心の飢え」が、どのような形で満たされていくことになるのか、ぜひたしかめてもらいたい。(2014.08.03)

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