【講談社】
『ゴーストバスターズ』

高橋源一郎著 



 ゴーストを退治する物語、だから『ゴーストバスターズ』。なんとわかりやすいタイトル。だが、書いたのはあの高橋源一郎である。油断はできない。
 もちろん、本書『ゴーストバスターズ』が上述のような一文でかたづけられるような小説ではないだろうことは百も承知だったのだが、読み終えて思ったのは、私の予想以上に油断のならないものだということである。ある意味、これほど誰かから評価されることを拒む小説も珍しい。
『ゴーストバスターズ』は全部で9つの章にわかれている。章と章の間にはとくに決まった因果関係はない。次の章は必ずしも前の章のつづきというわけではないのである。それどころか、章と章の間でまったく別の物語が進行していたりする。そういった意味では、いくつかの物語が入り混じった小説だと言うことができるかもしれない。事実、ある章では著者が以前に出した諸作品(『「善人」アロンソ・キハーロの遺言』であり、『「正義の味方」超人マン』であり、『ペンギン村に陽は落ちて』である)の焼き増しだったりする。ただひとつ共通しているのは、どの章のどの物語にも「ゴースト」と呼ばれる存在がかかわっていることである。そして読み進めていくとわかるのだが、ある章の物語は別の章の登場人物の誰かが見た夢のなかの出来事であったり、別の登場人物が章の間を超えて登場したりしている。そして読者はきっと混乱状態に陥るだろう。かりにも「冒険小説」とサブタイトルをつけている小説である。いったいだれが主人公で、いったいどの話が夢でどの話が本当なのか、そして「ゴースト」の正体は何で、けっきょくどうなったのか、と。
 おそらく、そういった混乱に陥るのは、著者の思うツボなのだろうと思う。この小説が言いたいのは何だったのか、とか、どのような物語であるのか、とかいった問いは、おそらく無意味なのだ。なぜなら、この『ゴーストバスターズ』という小説そのものが、「ゴースト」のようにとらえどころのないものなのだから。そういう意味では、大冒険に打って出た小説だ、とも言えるだろう。
 この小説で楽しむべきなのは、たとえば物語の筋とか、章と章の関係だとか、そういうものではない何かである。それがなんなのかは、正直言って私にもよくわからない。だが、たぶんそれでかまわないのだろうと思う。この小説の登場人物も、じつは何もわかっていないのだから。

「おまえはもうゴーストに触れたのだから、夢と現実のような粗雑な区分は捨てなければならない。いま、おまえの胸がつぶれそうなほど苦しいのなら、おまえはそれを大事にしなければならない。おれたちも、ゴーストの夢から覚め確かに現実なのだろうかと考えた。そしてゴーストはおれたちになにをさせようとしているのか、あるいはゴーストはおれたちになにをさせまいとしているのかと考えた。けれども、そんなことを考えても無駄だということにやがてみんな気づく。それがどこであれ、結局おれたちはなにかをしなければならないのだ」

 ごく普通に小説の世界にのめりこみたい、という人にはまったくもって勧められない小説である。だからこの本は、普通の小説にはもう飽きた、という読書マニアの方にお勧めすることにする。(1998.11.01)

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