【幻冬舎】
『ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する』
−絶対に失敗しないビジネス経営哲学−

島田紳助著 



 私と同じ本好きとしてインターネット上で知り合った清太郎さんの本読みHPブログでは、しばしばどうやったら本が売れるようになるのか、ということをネタにして記事を書いている。もちろん、あくまでネタのレベルであって、本気で受け取るべきようなものではないのだが、最近の流行ものや時事ネタをとらえつつ、それらを無理やり本や読書と結びつけていくそのアイディアは面白く、私も何度かその記事に触発されて随筆を書いたりしたこともあるくらいである。

 世の中は「百年に一度の不況」ということで、不況に強いと言われてきた出版業界も、ここ数年はその影響をモロに受けているが、そのブログに載せられている数々のアイディアや提案は、ネタとはいえ――あるいはネタだからこそ斬新で、もしそれらが実現したらずいぶんと楽しいだろうと思わせるものばかりだ。そしてそこには、出版業界で働く人たちは、もっと本を売るための努力をするべきではないか、という思いがある。それは、出版業界の人たちが努力を怠っているということではなく、努力のベクトルを間違えているのではないか、という言外の意味を含んだものでもある。

 私をふくめた多くの人たちが、社会人として仕事をもつ身であるが、仕事をするということ、お金を稼いで生活するということの本質をどこかで見誤っているのではないか、とふと思うことがある。今回紹介する本書『ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する』が、ビジネス書としてどこまで具体的な助けになるのか、私の知識では判断することはできない。だが、そもそもビジネス書であるということはとりあえず脇に置き、あくまで一冊の読み物として本書をとらえたとき、そこには商売をするということの意味、しいては人と人とのつながりのなかで生きることの意味という、きわめて物語的でドラマチックな要素を見出すことができる。

 広い意味では、ビジネスに興味があるということになるんだろうが、僕の場合は、ビジネスという横文字が想像させるようなカッコイイものとはちょっと違う。もっとベタな、いうなれば“商い”がやってみたかったのだ。

 本書の著者は芸能界では大御所に位置するタレントで、あくまでそちらが本業なのだが、副業として複数の飲食店ビジネスを展開してもいる。「こんな店があったら面白いのではないか」という視点からアイディアを見出し、そのアイディアがビジネスとしてきちんと採算の取れるものであるのかどうかを徹底して分析したうえで、開業、繁盛させていくというビジネス手法を繰り返している著者のやり方は、たとえばビジネスで大儲けしたいとか、それで生活していくだけの成功をしたいとかいう考えのビジネスとは、そもそもの立ち位置からして異なったものである。それは、サイド・ビジネスゆえの、あるいは本業で成功し、ある程度自由になるまとまった金があるがゆえの「遊び」感覚が多分に混じったものであるのだが、だから道楽でやっているのかと言えば、けっしてそんなことはない。逆に言えば、「遊び」だからこそ真剣に勝負するのだと著者は語る。

 100の店舗があるうちの、本当に儲かっている店舗が1店だけだとするなら、その1店になれるような店をつくろうと考える。それは著者の感覚でいえばゲームみたいなものだと自ら語っているが、本書が面白いと思うのは、そうしたゲーム感覚のビジネス哲学が、あくまで「人を喜ばせるために」という思いときちんとつながっている点だ。そしてそれは、著者がお笑いタレントとして客と接し、客を笑わせる仕事を本職としてつづけてきたことと、けっして無関係ではない。

 著者はお笑い芸人としては、成功した部類に入る人間である。そもそもこうしたビジネス書を書く人間というのは、その方面で成功したからこそ執筆するものであるが、著者の場合、どうやったら客を笑わせることができるか、というお笑い芸人としての視点が、そのままビジネスの視点とつながっているところがある。他ならぬ自分自身がお笑い芸人として成功するためには、他のお笑い芸人と同じことをしていては成立しない。それゆえに、彼は常に人と違うことをやらなければ、という視点で芸能界を切り開いてきた。だが同時に、著者は先輩芸人の漫才をすべてノートに書きとめて、どこでお客が笑うのかといった分析を徹底して行なってきた過去がある。

 そんな著者の視点からビジネスというものをとらえたとき、たとえば飲食店であれば、その業界の常識にのっとって商売をするというのは、ビジネスを失敗させるだけだということになる。なぜなら、100の店舗があるうちの、本当に儲かっている店舗は1店だけであり、その1店は、他の店舗とは違ったことをやったからこそ、言うなれば業界の常識にとらわれない店舗づくりをしたからこそ成功したと考えるからである。そして著者の「ゲーム」は、当然勝つことを前提にしている。だからこそ夢中になるし、楽しいのだと語る。

 だがじっさいのところ、著者にとってビジネスが成功するか失敗するか、儲けを出すことができるかどうかということに、さほど大きな価値を置いていないように思える。それは、あくまでサイド・ビジネスだからこそ、「遊び」という感覚があるからこその考え方であるし、それで生活していこうという人たちには通用しない手法であるかもしれない。だが、それでもなお本書に価値があるとすれば、それは著者が時代に関係なく変わらないものを、きちんととらえているという点である。それは人の心――「人を喜ばせるために」という思いだ。著者のビジネスは常にその点を軸にして動いている。そしてそうした思いが、本書のタイトルにも表れている。

 お客さんは笑顔を見たくて、店に来るわけではない。――(中略)――だけど人間というのは不思議な生き物で、どういう状況でも、心のどこかで他人との心の触れあいを求めている。笑顔がその心を素直に表すものなら、それはどんなサービスにも優るサービスになる。

 人は基本的に自身の利益のために行動する。では、他の誰かのために行動する人間は偽善でしかないのか、という問いかけがどれだけ無意味なものであるかを、本書はなにより雄弁に物語っている。人が他の誰かのために行動するのは、深い部分で自分自身のためであることを、著者はちゃんとわきまえている。自分自身の幸せだけを願う人間は、けっして幸せにはなれないし、ましてやビジネスでの成功などありえるはずもない。そうした、人としてのあるべき姿を再認識されるものが、本書のなかにはたしかにある。そしてそれは、ビジネスでの成功を求める以前に、私たちがわきまえなければならないものでもあるはずだ。(2009.09.19)

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