【角川書店】
『グランド・ミステリー』

奥泉光著 

背景色設定:

 あなたは運命というものを信じるだろうか。自分の一生は生まれた瞬間からすべてが決定されていて、本人の意志とは関係なく、あらかじめ与えられた役割を、あらかじめ設定された筋書きどおりに演じるのが人生なのだという考えについて、ふと思いを巡らせる。たとえば、私がホームページを開設した、という事実――もちろん、そこに到るまでの過程において、私の前には無数の選択肢があり、それに答えていった結果として現在の私が存在するのであるからには、もし違った選択をしていれば、あるいはホームページをつくらなかった私も存在したのかもしれないと理屈では理解できるのだが、今の自分の存在が運命であるかどうかなど、人生にやりなおしがきかない以上、確かめることは不可能であるし、不可能だからこそ、人は先の見えない未来をよりよいものにしたいという欲求をもって生きていくことができるのだと言える。

 だが、もし一度経験した人生をもう一度やりなおすことができたとしたら、どうだろう。自分の一生という名のシナリオを、あらかじめ読む機会を与えられたとするなら、その人にとっての運命とは、どのような変化をとげることになるのだろうか。

 本書『グランド・ミステリー』の舞台となるのは、昭和十六年の十二月、あの凄惨を極めることとなる太平洋戦争――その幕開けとなる真珠湾攻撃を敢行すべく、日本帝国海軍の大艦隊がハワイに向けて侵攻を開始していた。その後、この作戦が日本軍に大勝利をもたらすことになるのは周知の事実であるが、その作戦のさなかに、ひとつの事件が起きる。空母「蒼龍」に搭載されていた爆撃機の乗組員である榊原克己大尉の不可解な服毒死――完全な勝ち戦であったにもかかわらず、なぜ榊原は毒を、しかも帰還直前の爆撃機のなかで毒をのまなければならなかったのか。榊原の海兵時代の同期であり、真珠湾攻撃のさいには伊号潜水艦の先任将校として作戦に参加していた加多瀬稔は、榊原の妻である志津子から服毒自殺の事実を知り、その真相を確かめるべく独自の調査をはじめることとなるが、その裏に非常に複雑怪奇な陰謀が隠されていることが、次第にあきらかになってくる。そして、加多瀬の周囲にも不穏な空気が見え隠れするようになり……。

 奥泉光の小説を読むときは、いつも油断できない気分にさせられてしまう。本書においてもそれは同様で、タイトルに「ミステリー」と名前がついている以上、本書を推理小説として扱うべきなのかもしれないが、その複雑に入り組んだ謎と周到な伏線、そしてそのテーマの奥深さをまのあたりにするにつけ、たんなるミステリーと位置づけるにはあまりにも言葉足らずの感が否めなくなってくる。榊原の服毒と前後して、加多瀬の乗った潜水艦でおこった機密金庫紛失事件と、そこから消えていた一通の遺書、志津子の不審な行動と、軍令部作戦課長である貴藤禎次郎との関係、神霊国士会の主催であり、国際問題研究所の所長でもある紅頭中将が鎌倉でおこなっているという予知能力の実験、加多瀬の前に現われる謎の小説家、古田厳風の存在――こうした数々の謎が錯綜しているうえに、物語は時間と空間、現実と虚構が奇妙な形で歪められた形で進められることになるのである。たとえば、加多瀬が経験する現実と書物に書かれている現実とのズレ、レコードの針が突然飛んで曲の連続性が失われてしまうかのように、不意に切断されてしまう時間の流れ――このようなズレの感覚を文章の力で読者にも感じさせようとする著者の力量には感服するばかりであるが、しかし、そのような混乱の中で、加多瀬は次第に、あらゆる出来事が、あるひとつの事件と結びついているのではないか、という推測に行きつくことになる。

 すべての謎の、そもそもの原因となったある事件――軍の記録ではついに「原因不明」として処理された、水雷艇「夕鶴」の火災沈没事件の真相とは何なのか? その秘密があきらかにされたとき、読者はおそらく、歴史そのものを動かす大きな意思――私たちが運命という名をつけて納得しているものに叛逆し、運命を変えるべく時間の領域に挑んだ者たちの狂気を垣間見ることになるだろう。だが、その真相でさえ、本書を読み進めていくことで否応なく感じさせられる、現実と虚構のあいまいさを払拭することはできない。

 本書を読み解くための鍵、それは、人生を一冊の書物に例えることにある。

 つまり人間の一生を一冊の書物にたとえるなら、われわれは毎日毎時、書物の新しい頁をめくっていくというわけだ。次の頁に何が書かれてあるのか、あれこれ予想したり見当をつけたりもするけれど、本当のところはめくってみるまでは分からない――(中略)――いずれにせよ誰もが自分の書物を死ぬまでに一冊ずつ読み終える。つまりおれが見つけ出したのは、おれ自身が読み終えてしまった一冊の本だったわけだ。おれは自分自身の生涯という、完結した書物をすでに一度読んでいたのだ。

 人間という個人に与えられた究極の運命が死であるように、そして人間がけっしてその運命から逃れることができないように、私たちがその一生で経験することもまた運命によって決定されているのだとすれば、人生とは何とつまらないものとなってしまうだろうか。そして、そのような人の意識の総体ともいえる歴史とは何なのか。いや、そもそも人が歴史をつくっているのではなく、歴史という時の流れがすべての人間の一生を決定づけているのではないか? 本書が読者に提示する「ミステリー」とは、人が殺される、というひとつの事実からはじまる推理小説の存在そのものをおびやかすような、非常に奥深い謎の迷宮なのである。重厚な文体と観念的な言葉で何重もの謎を仕掛け、読者を言葉の迷宮へといざなう本書『グランド・ミステリー』――はたしてあなたは、この迷宮の最深部に隠された部屋にまでたどりつくことができるだろうか。(2000.01.04)

ホームへ