【東京創元社】
『おやすみなさい、ホームズさん』

キャロル・ネルソン・ダグラス著/日暮雅通訳 



 シャーロック・ホームズといえば、生粋のミステリー好きでなくともその名前くらいは聞いたことのあるはずの超有名な私立探偵であり、相手をひと目見ただけでさまざまな事柄を見抜く観察眼の鋭さと豊富な知識、変装術をふくめた多彩な趣味、さらには格闘にも長けていたりと、ほとんど超人のような扱いを受けている人物でもある。事件の真の犯人を暴き、隠された真相をあきらかにするという、ミステリーというジャンルではおなじみの「探偵」の原型ともいうべきスタイルを確立したとされる彼の活躍を書いた作品が、後の文芸界にあたえた影響は計り知れないものがあるが、今回紹介する本書『おやすみなさい、ホームズさん』もまた、ホームズなくしては存在しえなかった作品のひとつと言うことができるだろう。もっとも、本書で活躍することになるのはホームズではなく、彼が唯一「並ぶものなき存在」と最大限の敬意をしめした女性――アイリーン・アドラーである。

 ワトスン、ぼくはね、ぼくらみんなが彼女の機知と意志をテーマにした<アイリーン・アドラー事件>の助演俳優にすぎないんじゃないかと思っているんだ。

 その卓越した知恵と洞察力という才能ゆえに、ときに他人に対しては尊大な態度をとり、また身分の貴賤や権威といったものにすら物怖じしないホームズとしては、まさに破格の賛辞をおくっているアイリーン・アドラーとは、コナン・ドイルの 『シャーロック・ホームズの冒険』に収録されている「ボヘミアの醜聞」で登場する女性だ。ボヘミア王とのスキャンダルの証拠となる写真をめぐって、ボヘミア王本人とホームズの追及を逃れるだけでなく、その追及を逆手にとって相手を翻弄し、ホームズに土をつけてみせたアイリーン・アドラー ――本書はその「ボヘミアの醜聞」を、言ってみれば彼女の主観からとらえなおした作品であるが、じつのところその部分が直接関係してくるのは、本書の終盤近くになってからであって、そこがメインというわけではない。では、本書の主たるテーマがどこにあるのかと言えば、そのサブタイトルに「アイリーン・アドラーの冒険」とあるように、探偵役をホームズからアイリーンへと置き換えたもの、つまりアイリーンが私立探偵として、さまざまな謎や事件にいどむという点がこの物語のメインとなっている。

 それゆえに本書では、ホームズに対するワトスンのように、彼女の助手役としてペネロピー・ハクスリーという語り手を登場させている。教会牧師の娘として育ち、アイリーンと出会う前は家庭教師の職に就いていたというペネロピー、通称ネルは、道徳や倫理観が人一倍強く、結婚して家庭に入ることが女の神聖な使命と考えている当時のイギリス人女性の典型的な価値観の持ち主でもあり、それとは対極にあるアイリーンの人格を引き立てるという意味でも、その役柄をいかんなく発揮している。

「まさか! 結婚なんて、自由と安泰とを交換するようなものよ。しかも公正な交換じゃないわ。だって、夫が命じたことに妻はなんでも従わなければならないんだもの。――」

 この上述の引用が示すように、アイリーンは当時の女性としては相当に進取の精神に富んだ性格として書かれている。言い換えるなら、時代を先取りしすぎた女性である。女優でオペラ歌手、いずれは主演女優として舞台に立つことを目標としている彼女は、何よりも自身の自由を束縛されることを嫌っており、それゆえに当時の結婚に対する概念についても、女性ばかりが不当に扱われる「悪しき因習」ととらえているところがある。本書ではしばしば、当時の女性の待遇の悪さ、女性蔑視の社会問題などに触れることが多いのだが、こうした要素は、本書を評するうえで重要な位置をしめていると言える。

 繰り返しになるが、本書は「ボヘミアの醜聞」のアイリーンバージョンだ。「ボヘミアの醜聞」では、ボヘミア王の結婚を妨害しようと脅す側として登場しているアイリーンであり、けっして善人というわけではないのだが、本書ではその当時の女性の地位や扱いの悪さに焦点をあてることで、そうした慣習を良しとせず、男女の性別とは関係のない、あくまで一個人として自立することを求める型破りな女性としてのアイリーン像を再構築することに成功している。世の男性と同じくらい野心に溢れ、かつ才覚や容姿にも恵まれたアイリーン――だが、女性であるというだけの理由で男性より下と見られてしまうことにどうしても納得することのできない、このうえなく自立した女性であるアイリーンが、どのようにしてボヘミア王と出会う機会を得て、そしてどのような経緯で「ボヘミアの醜聞」へとつながっていくのかが、本書の読みどころのひとつである。

 むろん、一方的に善人めいたキャラクターとして仕上げているわけではない。彼女はネルをダシに、彼女に罪をなすりつけた女性を逆に罠にかけて店を解雇させたり、あるいはティールームで出されたお菓子をこっそり持ち帰るといった手癖の悪さを見せたりもするし、女優という職業を生かして男性になりすまし、あまつさえ喫煙をしてみせたりするという一面も見せており、あくまで「ボヘミアの醜聞」におけるアイリーンのイメージを清濁併せ呑む形で膨らませているのだ。そしてそんな奔放なアイリーンの姿に、ネルのほうもすっかり魅せられてしまう。彼女もまた、女性であるがゆえの不当な扱いを受けてきた身の上なのだ。

 私の道徳観はどこに消えてしまったのかしら……雪辱を果たせたことが、こんなにも気持ちいいなんて!

 アイリーンにとっての探偵業は、あくまで生活のための副業にすぎない。メインは女優であり、またオペラ歌手として大成することでもある。ゆえにホームズのように、純粋にミステリーとして評価すべき作品ではないが、それでもフランス革命のどさくさに消えてしまった幻の<ゾーン・オブ・ダイヤモンド>の捜索や、オスカー・ワイルドの金の十字架騒動など、いかにも彼女にふさわしい、しかし危険のともなうような謎解きもあり、また「ボヘミアの醜聞」へとつながるロマンスの要素もあったりで、物語としても質の高い作品となっている。そしてそれは、ひとえにアイリーン・アドラーという謎めいた、しかしこのうえなく魅力的な登場人物だからこそ成立する物語でもある。ミステリー好きなシャーロキアンな方も、そうでない方もぜひ彼女の冒険を楽しんでもらいたい。(2014.04.16)

ホームへ