【築地書房】
『反★進化論講座』
−空飛ぶスパゲッティ・モンスターの福音書−

ボビー・ヘンダーソン著/片岡夏実訳 



 たとえば、「ちゃんと歯を磨かないと虫歯になる」という言葉には、きちんとした因果関係にもとづく真実性が含まれている。もちろん、なかには何年も歯を磨かなくとも虫歯にならない、おそろしく丈夫な歯をもつ人もいるかもしれないし、歯ブラシの使い方が下手なせいで「ちゃんと」歯を磨けていない人もいるかもしれないが、ともあれ歯や歯茎を清潔にしておかないと、悪い菌の繁殖によって歯や歯茎が侵蝕されていくというのは、科学的・医学的見地からも立証されている事実である。だからこそ、虫歯になりたくない人は、素直にその言葉に従うことになる。

 では、「ゲームばかりしていると頭が悪くなる」というのはどうだろう。たとえば、子どもがあるゲームソフトに夢中になったことで、テストの点数がふだんより悪くなり、学校の成績が下がったという事実があったときに、上述のような因果関係が成立しているように見える。だが、テストの点数が悪くなったのは、テスト勉強の対策をきちんととっていなかったことが直接の原因であって、仮にふだんの学校の授業の内容をきちんと理解し、予習や復習をこなしていれば、どれだけゲームに夢中になっていたとしても、成績が下がることはない、ということになる。あるいは、テスト中もゲームのことが気になって集中できなかった、ということもありえるかもしれないが、それは「頭が悪くなる」ということとはまったく別の問題である。

 しかしながら、そこに「ゲーム脳」といった仮説を、さも真実であるかのように主張する権威者が出てくると、とたんに事態はややこしいことになってくる。さらに、ふだんゲームに対して良い印象をいだいていない人たちがその仮説に飛びついたりすると、事態はさらに面倒くさいことになる。

 本書『反★進化論講座』とは、そのごく真面目そうなタイトルとは裏腹に、書かれているのは、いかにも怪しいとわかるカルト宗教めいた妄想のたぐいである。いわく、この宇宙は「空飛ぶスパゲッティ・モンスター(以下スパモン)」なる存在が5000年くらい前に創造したものであり、科学者による年代測定の結果は、そのたびごとにスパモンが改ざんを行なっているからである。いわく、スパモン教の天国には巨大なビール火山とストリッパー工場がある。いわく、ここ数年の異常気象と地球温暖化は、海賊の減少が原因であり、その因果関係を示す資料もある――とにかく、重力の原因も、化石が地中に埋まっている原因も、ありとあらゆる事柄や矛盾点をすべてスパモンの存在によって強引に解決してしまう本書は、じつはある仮説を痛烈に皮肉ったパロディーという性質があって、はじめてその面白さがわかる本である。そしてその「ある仮説」とは、インテリジェント・デザイン(以下ID)のことを指している。

 本書のなかでも多少触れており、また訳者がまえがきやあとがきでも書いているが、IDとは、従来の進化論では生物の複雑さを説明するのは不可能であり、それゆえに「なんらかの知的存在」がこの世界をデザインしたのだと主張する説のことである。その内容自体はキリスト教における「神が天地を創造した」というものと変わりないように思えるが、キリスト教が宗教であるのに対し、IDは科学的仮説に基づくものだと主張しているところが大きな違いであり、だからこそデザイナーを「神」と明言せず、「なんらかの知的存在」とぼかした言い方をしている。そして、ここが最大の問題なのだが、進化論もまた未証明の仮説にすぎない以上、学校の授業でIDと進化論を平等に教え、どちらが正しいのか生徒たちに判断させるべきだと主張しているのである。

 これは2005年のアメリカ・カンザス州の教育委員会が、現実の問題として取り上げたものであり、キリスト教の教えがいかに根強く、進化論という考え方が今もなお受け入れがたいものとされていることを示すものでもあるのだが、そんなID論者への反論として生まれたのが、著者が提唱するスパモン教である。IDは、デザイナーの存在を明言していない。であれば、そのデザイナーが何であっても――それこそ「空飛ぶスパゲッテイ・モンスター」であってもいいはずだ、というのが著者の主張である。そして、進化論が科学的仮説にすぎないという理由で、進化論とIDが対等だと主張するのであれば、それとまったく同じ理由で、スパモン理論も同じように理科の授業で平等に教えるべきだという意見書を、カンザス州の教育委員会に提出するということまでしてのけている。

 まさに屁理屈とでもいうべきスパモン理論であるが、ID論者は、自身の科学的仮説の、まさに弱点をついてきたこのふざけた論を面と向かって否定することができない、もし否定すれば、それは同時にIDそのものを否定することにつながるというこのうえない皮肉が、本書の生まれてきた経緯にはある。それゆえに、本書のなかに示されている「実証的な証拠」が、およそこじつけのたぐいにすぎないメチャクチャなものであればあるほど、同じようにIDが提唱する「実証的な証拠」もまた胡散臭いものという認識が生まれてくることになる。

 そんなふうに考えると、このスパモン教というものは、IDがアメリカの教育会に問題提起をしたからこそ、その存在を許されることになった宗教(?)だと言うことができる。その内容がどれだけ馬鹿馬鹿しいものであったとしても、他ならぬIDというある種の権威を土台としているかぎり、スパモン教はこれからもずっと真理でありつづけることになるのだ。この状況を、皮肉と呼ばずに何と呼べばいいだろう。

 私たちはとかく、物事の真実よりは、自分にとって都合のいい虚構のほうを頑なに信じてしまうところがある。そして、そうした思い込みの力は、たとえ目の前に真実が突きつけられたとしても、その人の目からは見えなくさせてしまうものでもある。そう、それこそ本書に書かれたことを軒並みウソだと認識できるのに、「ゲーム理論」については何の疑いももたずに信じてしまうといった矛盾は、誰にでも引き起こされる可能性のあることなのだ。およそ、どのような宗教よりもおちゃらけた教義をもち、何よりいっさいのドグマを否定するスパモン教が、そしてその経典でもある本書が、そのヌードル触手であなたを世界の真理へと導いてくれることを願うばかりである。ラーメン。(2009.10.25)

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