【講談社】
『チョコレートゲーム』

岡嶋二人著 
第39回日本推理作家協会賞受賞作 



 ミステリーをミステリーたらしめるもっとも大きな要素といえば、謎と、その謎に対する解答のふたつである。逆に言えば、このふたつの要素さえ満たしていれば、その物語はミステリーだと位置づけることができる、ということでもある。代表的なのは、まずはじめに殺人事件が起こり、その謎を解くべく探偵役となる人物が推理を進め、最後にすべての謎に対する解答が語られる、という流れだろうか。ただ、その謎が生まれてから解決に至るまでの過程にはじつにさまざまなパターンがあり、書き手がどの部分に力を入れるか、またどのようなテーマを盛り込んでいくかによって、作品のもつ雰囲気が大きく変化していくことになる。「謎」と「解答」という、ふたつの単純な要素――その単純さこそが、ミステリーというジャンルにおけるバリエーションの豊富さを生み出していると言うことができるだろう。

 本書『チョコレートゲーム』の全体の構造に目を向けたとき、この「謎」と「解答」のふたつの要素が、きれいに物語の前半と後半を構成していることに気がつくだろう。謎といえば、本書のタイトルにもなっている「チョコレートゲーム」という言葉自体も大きな謎ではあるのだが、望まずして探偵役となる小説家の近内泰洋にとっての謎とは、秋川学園付属中学校に通うひとり息子の省吾自身だったと言っていい。

 ここ1ヶ月のうちに、急に人が変わったかのように親に反抗するようになり、学校にも親に無断で欠席や早退を繰り返すようになった省吾――しかも、それは省吾だけでなく、省吾と同じクラスの何人かの生徒も同様であり、それがすべてここ1ヶ月のうちに起こりはじめたことだという。次々と変死体で発見される生徒たち、おそらく数百万の金が動いていたと思われる「チョコレートゲーム」の存在、そして、省吾の体じゅうにつけられた打撲のアザや、事件当時のあまりにも不審な行動など、泰洋にとっては謎だらけの展開を見せながら、結果的には省吾自身がすべての罪をかぶって自殺する、という形で、事件は表面上決着することになる。ここまでが物語の前半で、この時点で本書の「謎」の部分が完了したことになる。

 物語は、その決着にどうしても納得できないものを感じた泰洋が、周囲の嫌悪の視線に耐えながらも、独自の調査を執念深く続けていくことになり、ミステリーとしてはむしろここからが本番の「解答」の部分になるわけだが、本書の大きな特長のひとつとして、物語の「謎」の部分にしろ「解答」の部分にしろ、小さな謎を少しずつ積み重ねることによってより深い謎を提示していき、また小さな事実を少しずつ積み重ねることによって、複雑にもつれた糸を解きほぐすようにして事件の真相を明らかにしていく、という手法だろう。

 ミステリーの基本として殺人事件がおこる、というのは万人の認めるところであろうが、現実の生活において人々が殺人事件に巻き込まれることはおろか、その場に居合わせること自体、私たちにとってはひとつの虚構だという意識が強い。ゆえに、たとえば名探偵シリーズにおいて探偵役の人間が、何度も殺人事件に遭遇するという事態に、読み手は虚構的なものを感じずにはいられないわけだが、本書の場合、主人公の泰洋の身近な存在だったはずの息子がひとつの「謎」となることで、じつにスムーズに現実世界からミステリーの世界への移行が完了する。そしてその謎は、たとえば今現在親の立場にあるものとっては、けっして虚構と言い切ることのできないリアリティーを感じさせるものであるのだ。

 本書は昭和60年という、古い時代に書かれた作品であるが、この頃からすでにはじまっていた子どもたちの異変――たとえば非行や家庭内暴力、学校の荒廃や偏差値教育の弊害など、豊かな時代ではあるがあきらかな競争社会に育ったゆえに、どこか他人とのコミュニケーションに不具合が生じ、生きていくうえで大切なことを学べなくなった子どもたちの姿を的確にとらえている。本書の大きな謎であり、また鍵となる「チョコレートゲーム」などは、まさにその象徴とも言うべきものであるが、物語の醍醐味は事件の真相は何なのか、あるいは「チョコレートゲーム」とは何なのか、といった謎解きの要素ではなく、殺人事件の容疑者として死んでしまい、自身もまた息子の無実を信じてやることのできなかったひとりの父親が、事件の真相に迫ることによって、同時に息子の本当の姿――他人を思いやり、大切な人を愛することのできる人間だったことを確認する、という人間ドラマのほうなのだ。

 本書の著者である「岡嶋二人」というのは、徳山諄一と井上泉のふたりによる共作著名のことで、今はもうコンビを解消し、それぞれ井上夢人、田奈純一として創作活動をつづけているという。この共作時代の代表作というと、あるいは『クラインの壷』のほうを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれないが、謎解きの要素においても、またそのときの時代を巧みに反映させ、人間ドラマを展開されるという要素においても、まるでミステリー初心者にも充分楽しめるかのように書かれた本書もまた、著者の代表作と言ってもいい出来の作品であろう。(2002.11.19)

ホームへ