【新潮社】
『富豪刑事』

筒井康隆著 

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 私も最近になって、ようやく「金がすべてだ」という言葉と「お金は大切だ」という言葉が含む意味の違いがわかるようになってきたように思う。たしかに、金さえあれば大抵のものは買うことができるし、大抵のことは解決してしまう。たとえ重大な犯罪をおかしてしまったとしても、優秀な弁護士たちに大金をはたいて弁護してもらえば自身に有利な判決にもちこむこともできるし、保釈金さえ払えばとりあえずの自由をも買うことができる。健康な体も、若さも――あるいは不死だって、お金さえあれば買うことができるかもしれないこの世の中にあって、「金がすべてだ」とうそぶく者の心には、たとえどんな悪いことをしても許される、いわば免罪符、あるいは万能薬としての機能におおいに期待しているところがあるのに対して、「お金は大切だ」という言葉のなかには、たとえば叶えたい夢が、自身の多大な努力によってあと一歩のところにまで来ているのに、お金がないという、ただそれだけの理由で夢を断念しなければならないような時のことを考えている。
 お金はけっして万能ではないし、お金に振り回されて生きるのはいかにも愚かしいことではあるが、だからこそ、そんなお金の有無によって自身の運命が左右されるような状況のときに、迷わず使えるだけのお金があるほうがいい、という思いが、「お金は大切だ」という言葉の奥にはある。

 お金があるということと、自身が幸せであるということとは、必ずしも等価で結びつくわけではない。だが、お金はないよりはあるほうがいいに決まっている。それは、いつも少ない予算をやりくりして良いシステムを開発しなければならない立場にある私も、おおいに実感させれらるひとつの事実なのだ。

 本書『富豪刑事』という作品の根底にあるのは、事件解決のためにいくらでもお金を使うことができる場合に、どのような方法をとることができるのか、というひとつの仮定である。それも、百万や二百万といった単位ではなく、何億何兆という金を無造作に使うことができるような場合を想定していることは、本書の主人公である神戸大助が、ハバナから取り寄せた一本八千五百円の葉巻を半分も吸わずに捨ててしまったり、十万円以上もするライターをしょっちゅうどこかに置き忘れてしまったりするような、いわば金銭感覚が常人のそれとはかけ離れたキャラクターとして設定されていることからも明らかだ。そして、こうした登場人物というのは、それだけでどこか嫌味な感じを漂わせていたりするものであるのだが、本書の場合、その桁ズレした金銭感覚が、常人ではけっして思いつかないような事件解決の方法を思いつかせる、というやり方で、逆に神戸大助のキャラクターを引き立てていく役割をはたしていると言える。

 子供ひとりの命が五百万円とは、まったく人命軽視も甚だしいと思ったからであったが、やがて五百万円が自分の給料の一年と数カ月分に相当することを悟り、今度は複雑な気分でううんと呻いた。――(中略)――いつになっても大助の金銭感覚は彼の巨額の財産と低収入の両極端の間にある広い空間のどこに落ちつくこともできないのだ。

 密室殺人や誘拐事件、大金強奪事件など、本書にはさまざまな事件のケースが出てくるが、こと本書において重要なのは、たとえば犯人が誰であるかとか、その殺害方法、あるいは動機といった謎の部分ではなく、大富豪である神戸大助がどんな常識破りの捜査方法を思いつくか、ということであり、またその過程において彼と同職にある刑事たちが、そのスケールの大きすぎる発想によっていかに振り回されていくか、という点に尽きる。そして、ミステリーにおける探偵役の人物が、その常人離れした洞察力でもって、常人ではたどることのできない推理をはたらかせるように、神戸大助の思考もまた、大富豪であるがゆえに常人離れしている。そういう意味では、両者はじつはよく似た位置にいるのである。

 どんな事件もお金で解決、などと言うと、ちょっとした出費にあくせくしている私たちなどは、何かよこしまなものを感じたりする。それはけっきょくのところ、不正をはたらくために偉い人に賄賂をおくったりするようなパターンを、私たちはニュースや新聞などでよく知っているからであり、またメディアのほうも、そうした事件が一般市民の好みであることをよく知っているからに他ならないのだが、犯人をつかまえて罰するという、警察にとっての正義を貫くためにじゃんじゃん金が――それも税金ではなく、あくまで大富豪のポケットマネーが費やされていくというシチュエーションは、たしかに読んでいて胸のすくような気持ちになることはたしかだ。本書の基本はミステリーというよりはユーモア小説であり、それゆえに、ときに本書のなかの物語があくまで虚構であることを露骨に表現する場面があちこちに仕掛けられているが、そのことによって読者もまた、この物語が常識離れしたものであることを前提に、物語を楽しむことができるようになっている。

 お金はあくまでお金であって、その価値を決めるのは、金を使う人間の側にあるということ――しいては、世間の常識やメディアなどが垂れ流す価値観に縛られないものの考え方の一例が、本書のなかにはたしかにある。そして言うまでもないことであるが、たとえどれだけ大金を費やしたとしても、現実世界においては物事がすべてうまくいくというわけではない。そのあたりを意識したところで、そのゴージャスでどこか馬鹿らしい犯罪捜査をおおいに笑ってもらいたい。(2005.02.08)

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