【富士見書房】
『あの空に届いた約束』
− フォルクローロの記憶 −

伊藤馨太郎著 



 岩手県遠野市と言えば、民俗学者である柳田國男の『遠野物語』で有名になった、座敷ワラシや河童といった妖怪変化にまつわる伝承が今もなお生きている地、そして花巻市と言えば、詩人であり童話作家でもある宮沢賢治が生まれ育った地である。私が学生の頃にこれらの地を訪れたときは、残念ながらそうした妖怪たちと出会う機会にはめぐまれなかったが、同じ日本にありながら、遠野や花巻といった場所には、どこか現実とは違った時間が流れていて、古い民話や伝承といったものが、今もどこかで息づいているのではないか、というふうに思えるのは、あるいは私の感傷のなせる技だろうか。

 本書『あの空に届いた約束』は、「フォルクローロの記憶」というサブタイトルからもわかるように、遠野を舞台としたミステリーであるが、その主人公である高校二年生の松岡圭真が今回の連続殺人事件にかかわることになってしまう、そもそものきっかけは、彼の曾祖父、百歳にして現役の民俗学者であり、人間国宝にも指定された吉弥候部真にあてられた、「御蔵ボッコ」に関する調査の依頼の手紙だった。
 「御蔵ボッコ」とは、いわゆる座敷ワラシのこと。その座敷ワラシが最近、家の外で頻繁に目撃されている、という情報に興味をもった圭真が、何かと忙しい身である曾祖父に代わってその調査に乗り出す、という形で物語が展開していく。

 ライトノベルを中心に出版物を刊行している富士見書房があらたに打ち出した「ミステリー」というレーベル――主人公がまだ10代の少年であること、その主人公を含めた登場人物が揃いも揃って美形であること、調査依頼の手紙を出した張本人である少女、白石佳織への淡い想いなど、いかにもライトノベルらしい要素を多く含んだ本書であるが、そうした点はともかくとして、妖怪のとらえかた、という意味では、新しい感覚に満ちた作品だと言うことができるだろう。

 圭真の基本姿勢は、探偵役であることもあって、超常現象のたぐいは信じない現代っ子、というものだ。いっぽうの佳織はというと、遠野出身ということもあって、わりとあたり前のように妖怪のたぐいを信じていたりする。もっとも、こうした正反対とも言えるふたりが結びついたからこそ、その後に起こる殺人事件と、頻繁に目撃されるようになった座敷ワラシとの関係に気がつくことになるのだが、そもそも座敷ワラシというものが、食糧難のためにやむをえず間引きされることになった子どもたちの妖怪(しかし、言うまでもないことだが、けっして悪い妖怪ではない)であることを考えたとき、まるで座敷ワラシが人を殺したり、死体を運んだりしたのだと思いこんだり、まして緑色に光る座敷ワラシをして「新種」とまで言い切ってしまう佳織の感覚は、ある意味で斬新なものだろう。

 もちろん、本書がミステリーである以上、そんなことがあるはずもなく、警視庁から花巻市で起こった未解決事件の調査のために来ていた若きエリート、来生警部補らによって、今回の殺人事件が、花巻市での未解決事件を模倣したものであることがわかる。しかも、その被害者が、かつての未解決事件の犯人だったということが判明してから、事件はにわかに怪奇的な様相を呈することになる。この事件は本当に、かつて容疑者に殺された子どもたちが「御蔵ボッコ」となって復讐をはたしたのか? それとも……。本書のなかで事件は何度も怪奇と現実を行き来することになるが、少年探偵の圭真のおこなう推理は、探偵マニアというにはあまりに鋭い洞察力をもって、事件を現実へと引き戻すための戦いであるとも言える。そしてそれは、妖怪や民間伝承といった「不思議」を学問のひとつとして、その背後にある事実をあきらかにしようとする民俗学にも通じるものがある。

 事件の鍵を握るものとして、宮沢賢治の童話や詩を用いたり、いかにもおもわせぶりなシーンを挿入したり、ちょっとしたミニゲーム(しかしこれが意外にも、事件の解決に大きな役割をはたすことになる)を用意したりして、本格ミステリーとして謎解きを読者にも楽しんでもらおうという著者の配慮が随所に見られる良心的な作品であるが、ひとつだけ気になる点があるとすれば、それは圭真そのものの個人的な立場である。

 そもそも日本の神話や地域に根付く伝説、とくに妖怪に関するエピソードにことのほか惹かれるものを感じ、今回もまたそうした事柄に期待をかけていたはずの圭真について、私は彼が「探偵役」であり、怪奇の対極に立つものであると述べた。それは本書の役割的なものからして間違いないことであるが、圭真自身については、もしかしたら、もはや誰も見向きもしなくなっているような古い言い伝えを、心のどこかで誰よりも信じたいと思っているのではないだろうか、という気がするのだ。それをもっとも感じさせたのは、本書のなかで知り合う人首哲也の語った、天才奇術師ハリー・フーディーニにまつわるエピソードである。後に「霊媒狩り」と呼ばれ、超常現象にまつわる詐欺行為を次々とあばくという仕事をつづけてきたいっぽうで、誰よりも霊の存在を信じていた、信じたいと願っていたハリーの逸話は、物語のラストへの伏線というよりも、むしろ圭真自身に重なるものがあるかのように私には思えたのだが、あるいは深読みのしすぎだろうか。

 本書のなかでは最後まで謎めいていた人物の存在や、名前だけがやたらと一人歩きしていた吉弥候部真の存在からして、著者は今後のシリーズのことも視野に入れているようだ。まだまだ子どものような松岡圭真の、今後の成長に大いに期待したい。(2002.09.24)

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