【国書刊行会】
『火炎樹』

パトリック・グランヴィル著/篠田知和基訳 

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 たとえば、人間と他の動物との違いは何かと問われたら、あなたは何と答えるだろうか。「二足歩行」「家族の概念」「言語の使用」――私たち人間が大昔の類人猿の祖先からヒトへ、つまり他の哺乳類や現在も生息する類人猿から一線を画して、知性と想像力をもつ生物へと進化をとげるにいたった要因として、生物学ではいくつかの特徴を挙げて説明しているが、なかでもとくに不思議なものとして、「火」を道具として使う、というものがある。

 ひとつことわっておくと、道具を使うのは、何もヒトだけの特権ではない。ただ、ヒトだけが火を恐れず、道具として利用することができる、というのが一般的な解釈だ。ギリシャ神話では天界から盗み出されたものとして描かれている「火」――たしかに、もしヒトが「火」を得ることがなかったら、今のような文明の発展はありえなかった。そういう意味では、火というものは人間にとって特別な力のひとつなのだと言うことができるだろう。

 あるいは、こんなふうに言い換えることもできるのかもしれない。人間は「火」を手に入れることによって、決定的に自然の調和からはずれた存在になってしまったのだ、と。

 本書『火炎樹』は、ある国王の末路を描いた作品である。彼の名はトコール・ヤリ・ユルマタ。アフリカのある国の専制君主として君臨している暴君、戦争好きの狂王である。そういう意味では、統治される国民にとっては悪である将軍国王であり、彼は物語の最後には、クーデターによって失脚する運命を負うことになるのだが、その事実をもって本書に一種のストーリー性を求めるのは、そもそもの方向からして間違っていると言わなければならない。この物語の本質は、国家転覆のダイナミズムや人間ドラマといった物語性にあるのではなく、トコールという、まごうことなきユニークな個としての彼の言動がもたらすことになった、ひとつの伝説の誕生にこそある。

 トコールは国王という身分にありながら、じつはまったくもって国王らしくない。奇しくも、彼の国にやってきた白人青年ウィリアムをして「全く、トコールは誰にも似ていない。どこからどこまでトコールだ」と言わしめたように、トコールのあけっぴろげで熱狂的、なにものをもってしても枠にはめきることのできない磊落さ、破天荒さは、本来きわめて秩序的な「国王」とはまったく正反対の、混沌とした性質に属するものである。ウルラの熱帯雨林に住むという神秘の種族、ディオルル族の秘密を解き明かすことに情熱をそそぎ、そのために政治も経済も無視して最新兵器や精鋭部隊をととのえ、ただ熱烈に、無茶苦茶に他の種族と戦争を起こしたり、熱帯雨林の奥へと突っ込んでいったりするトコールは、人間としてはより原始的で、理性よりも感情によって行動するキャラクターとして描かれている。

 トコールが住む首都マンドゥカはきわめて近代的な都市であり、アフリカという、ときにサヴァンナやジャングルといった大自然とセットとなって想像される地としては、およそ不釣合いな近代兵器を有している。そういう意味において、トコールはきわめて近代的な人間ではある。そもそもトコール自身、「火」との相性がきわめて強く、近代兵器という火器にかこまれ、パーティーでは多くの花火を打ち上げ、またティンジリ宮殿が火事に見舞われたり、遠征の途中で火山の噴火に立ち会ったりする。本書の冒頭に出てくる戦士たちのイニシエーション――トコールを守護する500人の精鋭部隊が、火炎樹の花びらで行なう儀式はある意味象徴的だろう。私たち人間が人間であるという大きな特徴である「火」の使用――しかしながら、トコールが「火」と結びつくかぎりにおいて、それは何かを生み出したり加工したりする力ではなく、何かを破壊し燃やし尽くす力として解放されてしまう。それはまるで、「火」の有効な使い方をまるで知らない子どもが、火遊びをするかのような印象さえ受ける。そして結果として、自分も相手も大火傷を負ってしまうのだ。

 トコールは国王だ。国を照らす太陽であり、光そのものである。だが、人間が光を得るために「火」に頼っているかぎりにおいて、彼は決定的に王になることはできない。どれだけ多くの「火」を用い、自身をあまたの光で満たしたとしても、それはけっきょくのところかりそめのものでしかない。おそらく、トコールが目指したのはたんなる身分としての国王ではなく、真の意味での支配者、太陽そのもの、光そのものとなることだったのだろう。だからこそ彼は、ディオルル族が知っているはずの森の秘密――彼らが崇拝する光の神、生きた偶像、誰も見たことのない神秘の動物の秘密を、なによりも欲していた。その言動は滅茶苦茶だったが、その一点においてのみトコールは純粋であったのだ。

 原始のアニミスムに戻るのだ…… きたまえ! 君を偉大な人間にしてやろう。そうすればもう予言やおとぎ噺を実現するのに何の障害もない。そうだ! いつか戻るだろう……わしらの一番古い詩人の昔話だ。

 もし、人間が「火」を道具として使用するという知恵を手に入れたことで、決定的に自然から切り離されてしまったのであるなら、本書でたどることになるとトコールの運命は、いわば切り離された自然のなかへと還っていくための壮大な儀式であり、ひとつの伝説の創造でもあった。聖なるもの、永遠、絶対――現実と夢幻の密なる混交の世界が、そこにはたしかにある。(2004.03.29)

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