【角川書店】
『いちばん初めにあった海』

加納朋子著 



 ときどき、私は言葉を発するという行為に、底知れぬ恐怖を感じることがある。
 自分の心の内にある想いを言葉にして、相手に正しく伝えるのは難しい。それが電子メールや掲示板といった、文字のみですべてを表現しなくてはならないネットの世界であれば、なおさらそうだ。当人にまったくそんなつもりなどなかったとしても、不用意に発したたった一言が相手を深く傷つけ、永遠にその関係が凍りついてしまうことがある、という事実――謝罪の言葉で許されればまだいいほうで、「謝って済む問題ではない」と切りかえされてしまったら、もはやどんな言葉もけっして相手に届くことはなく、私は途方に暮れるしかない。もっとも、仮に許されたとしても、その相手とは以前のような関係を築くことが不可能であることを思い知るだけなのだが。

 なぜ、こんな最悪の事態を招いてしまったのだろう。なぜ、あんなことを言ってしまったのだろう。悔やんでも悔やみきれない後悔のはてに、もう二度と言葉など使うまいと決意したこともある。不用意な言葉で人を傷つけるくらいなら、最初から何も言わないほうが、どれだけましだろうか、と。だが、けっきょくのところ私は、今もなお書評という形でネット上に言葉を発しつづけている。言葉を拒否するというのは、自分で自分の時間を凍りつかせることにしかならない、ということもある。だがそれ以上に私は、不完全なコミュニケーションの道具である言葉の、不完全であるがゆえの可能性というものを信じているのだろうとも思う。人を傷つけるのも言葉なら、人を救い、癒すのもまた、言葉なのだ、と。

 わたし、その子がいなくなっちゃえばいいのにって、いつも思ってた。そしたら本当にいなくなって、二度と帰ってこなかったわ。

 本書『いちばん初めにあった海』に登場するふたりの女性には、ある共通する部分がある。それは、口から出た悪意の言葉が、結果として人を死にいたらしめた、という体験である。

 物語は、アパートでひとり暮らしをしている堀井千波が、周囲の住人が漏らす騒音に耐えかねて引っ越しを決意する、という場面からはじまる。荷造りをしているさいに、ふと見つけた1冊の本――『いちばん初めにあった海』というタイトルのその本に、千波は見覚えがなかった。にもかかわらずどこか胸を騒がせるその本のページには、「YUKI」という差出人からの、未開封の手紙が挟まっていた……。

 はたして「YUKI」とは誰なのか。なぜ、この手紙が未開封のまま、見覚えのない本に挟まれていたのか。そして、手紙の中に書かれていた「わたしも人を殺したことがあるから」という文句は、いったい何を意味しているのか。本書はそんな千波が、限りなく曖昧になっている自身の過去の記憶をめぐっていく現在と、彼女が高校生のときに、もっとも親しくしていた転校生の結城麻子との思い出を描いた過去が交錯するという形で進んでいくのだが、本書を読んでいる読者の大半が、この時点で「YUKI」=結城麻子のことであると気がつくだろう。それはあまりにもあからさまな、謎とも言えない謎であるが、問題なのはそうした符合ではなく、第三者たる読者でさえ容易に気づくはずのその事実に、なぜ千波は気がつかないのか、ということである。

 よくよく本書を読み進めていくと、さらに不審なところが千波という女性にはあることがわかってくる。たとえば、彼女は今何歳なのか。以前まで普通に働いていたらしいが、ではなぜ今、仕事にもつかず、たったひとりでアパートに暮らしているのか。父親との会話に、電話ではなくFAXを使うのはなぜか。千波に関する情報が、あまりにも乏しいゆえの、数々の疑問――その裏には、千波にとって絶対に思い出したくない、受け入れることのできないある過去があった。

 著者の加納朋子というと、『ななつのこ』『ガラスの麒麟』など、ごく何気ない日常で起きた、事件とも言えないような事件に対して、探偵役となる人物が鋭い洞察力でその裏に隠されたものの姿を明らかにする、という展開の話が得意であるが、彼らは常に、犯人を追いつめ、弾劾するためではなく、傷つき打ちのめされた人の心をやさしく包み込むためにこそ推理を展開する。本書における結城麻子の役割は、厳密に言えば探偵ではない。彼女は千波をとらえている過去を取り除き、凍りついた時間を再び動かすために、あえて千波自身の過去を語るという嫌な役目を引き受けただけだ。そこには「死んだ人間のために、生きている人間が不幸になってはいけない」という強い信念があるのだが、それは当然のことながら、麻子自身にもあてはまることであるし、またそうでなければ意味がない。

 そういう意味では、『いちばん初めにあった海』では謎のまま終わってしまった麻子の過去――「あたしもな、人殺しやねん」という言葉の真相を、『化石の樹』という、本書に収録されているもうひとつの作品のなかで明らかにする、というやり方は、じつに心憎いものがある。ここでの語り手は、ある植木業者ではたらく青年であるが、彼の雇い主であるサカタさんがたくした一冊のノート――白い金木犀の治療のさいに、そのうろから見つけた、ある事件のことが書かれたノートをもとに、独自の推理を展開する彼こそが、真の探偵役だといってもいいだろう。そしてその推理は、他ならぬ結城麻子を苦しめる過去を取り除き、彼女自身を救うためにこそあるのだ。

 きみはあのとき、そう言ったね。自分を裁いてくれる人を待っていたって。ずっと待っていたって。
 本当は、そうじゃないだろう?
 欲しかったのは……救いじゃなかったのかい?

 どれだけ多くの言葉を費やしても、本当に伝えたいことが伝わらないこともある。逆に、とても大切な真実が、ごく短い言葉のなかに集約されてしまうこともある。人がコミュニケーションのために用いる、そしてしばしば使いあぐねて振り回されてしまう言葉――その大いなる可能性に希望をもたせてくれる、という意味で、本書ほどその役にふさわしい作品はないだろう。(2003.04.07)

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