【早川書房】
『ハイペリオンの没落』

ダン・シモンズ著/坂井昭伸訳 
1991年度ローカス賞受賞作 

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 今もなお地球の重力と大気に縛りつけられている私たち人類にとって、無限と言っていい広がりを見せる宇宙――漆黒の闇と絶対零度によって、あらゆる地球生物の存在を拒否する宇宙空間は、まさに神秘と驚異に満ちた世界であり、それゆえに多くの人の心を惹きつけ、想像力をかきたてるものだと言うことができる。そんなSFファンにとって大きな問題のひとつが、その無限の広がりをどうやって克服するか、ということだろう。光年という、光が一年かかって進む距離が基本単位という想像を絶する広がりをもつ世界のなかで、人間の想像力は光子船やワープ航法、マイクロブラックホール、またアインシュタイン理論をあくまで忠実に守った、何世代にも渡って宇宙を旅する船など、じつにさまざまな移動手段を頭の中で考え出したが、『ハイペリオン』というSF小説の世界において、人類はついに究極の星間移動方法を手に入れていた。
 転移ゲート――まさに何光年という距離をひとまたぎで越えてしまうことのできる魔法の扉を利用することで、連邦は蜘蛛がその巣を大きくするように、広大な「ワールドウェブ」を形成し、維持しつづけることを可能にしていた。同じ家の中に、複数の惑星間にまたがる部屋を持つことさえ可能となったその世界で、転移ゲートはまさに私たちにとって電気や水が必要なのと同じように、なくてはならないものとなっていたのだ。だが、ただひとつ懸念があるとすれば、転移ゲートの維持管理に、独立AI群「テクノコア」の協力が必要不可欠である、ということ……。

 本書『ハイペリオンの没落』は、前作『ハイペリオン』では謎のまま終わってしまった、七人の巡礼者が「時間の墓標」でたどった運命、そして宇宙の蛮族「アウスター」の侵攻を受けている惑星ハイペリオンの運命など、すべての物語と謎に決着をつける完結編として位置づけることのできる作品であるが、その語り手として、本書では新しいキャラクターが登場する。ジョセフ・セヴァーン――CEOグラッドストーン付きの画家である彼は、19世紀の詩人ジョン・キーツの遺伝子からその肉体と人格を復元され、現実世界(スロータイム)に送り出されたサイブリッドであり、巡礼者のひとり、女探偵ブローン・レイミアの依頼人にして恋人だったサイブリッド・ジョニイの、言わば双子の弟のような存在である。彼は、夢を通じて七人の巡礼者の様子を観察し、グラッドストーンに報告するという、連邦と巡礼者との、あくまで一方通行の中継点としての役割を担うことになるのだが、そのうちに彼は、ジョニイとの共感能力を超えて、物語全体をマクロな視点で俯瞰するようになってくる。そもそも自分はいったい何者なのか、この壮大な物語のなかで、どのような役割を果たすべく存在しているのか……?

 一方、連邦のCEOグラッドストーンは、アウスター侵攻を迎え撃つべく、FORCEの大艦隊を出撃させ、連邦はいよいよアウスターとの全面戦争へと突入することになるが、アウスターの群狼船団は、その当初の予想をはるかに上回る戦力を有しており、連邦軍は惑星ハイペリオンにおいて劣勢に立たされてしまう。しかもアウスターは、連邦の予測を完全に裏切る形で何年も前から「ワールドウェブ」の主要惑星に対する侵攻を進めており、連邦はついに、その存続さえ危ぶまれる危機に直面することになるのだ。

 何世紀も先の未来をほぼ確実に予測する能力を持つ「テクノコア」が、なぜこの大規模なアウスターの侵攻を予測できなかったのか――あるいは予測しなかったのか? その裏には、「テクノコア」のあいだでも、その共通の目標をめぐって分裂してしまった「急進派」「究極派」「穏健派」各派閥の、非常に複雑な利害関係が絡んでいた。

 人類を用済みとして抹殺しようともくろむ一派と、あくまでAIたちの究極の目標である神「究極知性」の創造のために、人類を自分たちに都合の良い演算機として隷属させておくことを望む一派、そして「究極知性(UI)」によって滅ぼされることを怖れるがために連邦と手を組み、あらゆる未来にとって不確定要素である惑星ハイペリオンへの巡礼者を選別し、未来を変えようとする一派――それぞれの思惑の上に、連邦を愛するがゆえに人類はじまって以来の罪を犯そうとするグラッドストーンの思惑や、連邦からは蛮族と呼ばれながら、独自のテクノロジーと多様性を尊重する価値観で成り立つアウスターたちの思惑、そしてもちろん、「時間の墓標」に赴く巡礼者たちの思惑が惑星ハイペリオンに集まったとき、彼等の目の前でついに「時間の墓標」は解放され、はるかな未来におきる聖なる戦いに、そしてすべての謎に決着がつけられることになる……!

 それにしても、本書を読み終えて思うのは、著者はなんと壮大な物語を完成させてしまったのだろう、ということである。物語のあらゆる要素を内包した、いわば物語の「集大成」である、という思いは前作『ハイペリオン』でも抱いたが、本書はそれに加えて、すべての物語と謎に対して、まさにこれ以上はないという結末を、しかも冗長になることもなく展開させ、さらに次々と明かされる謎が、本書のラストにおけるクライマックスを盛り上げる役目を果たすという、なんとも心憎い演出をしかけてくれているのである。『ハイペリオン』の続編として、そして真相解明編として、著者はその時間と空間、さらには神の存在さえも物語の要素として組み込んだ、ほぼ完璧と言ってもいいストーリーを築き上げることに成功したのだ。

 本書全体を構成する物語の完璧さ――それはもちろん著者の綿密に練られた物語構成の賜物であることはもちろんなのだが、本書とその前作『ハイペリオン』の二作をとおして見てみると、そこには独立AI群という、物語のなかではもっとも神に近い視点をもつものの存在が、物語の流れを決める鍵となってくるのがわかってくる。惑星ハイペリオンへの巡礼、アウスターの侵攻、さらにはそれ以前の転移ゲートの提供、地球(オールドアース)の消失など、「ワールドウェブ」での重大な事件の陰には、かならずAIたちの思惑が見え隠れすることに、読者はきっと気がつくことだろう。物語のもっとも大きな流れ、それは、長年にわたって連邦の繁栄を助けつつ、まるで寄生虫のように人類の行く末を支配しようとするAIたちと、その隷属に気づき、あえて戦いを挑み、もう一度自分の足で立って進んでいこうとする人類との戦いであるとも言えよう。そういう意味で、宇宙という大海原に進出するときに、その環境を自分たちの都合のいいようにつくりかえていった連邦側――そのために、巡礼者のひとりである元ハイペリオン領事の故郷マウイ=コヴェナントをはじめ、多くの星々の生態系を破壊し、転移ゲートで簡単に人の行き来を可能にしてしまった連邦と、自分たちの外にある多様性や異質さを歓迎し、周囲を変えるのではなく自らの存在を適応させていったアウスター側の対比は、なんとも興味深いものである。

 そもそも人間の手でつくられた、人間の移し身ともいうべき独立AI群「テクノコア」――あるいはそれは、人類が新たな段階へと進化していくためにどうしても切り捨てなければならない、人間を人間たらしめているもののひとつを象徴するのかもしれない。本書の怒涛のフィナーレに、あるいはあのSFの名作『幼年期の終わり』の匂いを感じ取る人もいるかもしれないが、本書が描こうとしているしかるべき未来は、たったひとつの方向性ではなく、あらゆる可能性を内包した多様性――自分たちの存在が唯一絶対ではなく、さまざまな形態、さまざまな考え方を真の意味で認めるという方向なのである。

 人間でありながら機械、機械でありながら人間という、本書のテーマの語り部としてまさにふさわしい存在であるサイブリッド、ジョセフ・セヴァーンは、最後にいったい何を悟ることになるのか、そしてそれぞれの願いを胸に秘めて「時間の墓標」に辿りついた巡礼者たちと、未来からの殺戮者シュライクとの戦いの、その最終決着は? これまでにない巨大なスケールで描かれた本書は、まさにあらゆる物語の神話として君臨するべき資質を備えた大傑作だと言うべきであろう。(2000.07.21)

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