【文藝春秋】
『サイゴンから来た妻と娘』

近藤紘一著 



 私くらいの年代であれば、ベトナムという言葉から思い出すべきなのは「ボートピープル」なのかもしれないが、こと読書が生活の一部となりつつある現在、私がまず思い出すのは、海外文学、とくにアメリカ文学の中にしばしば色濃く反映されている「ベトナム戦争」となってしまっている。
 第二次世界大戦後、旧ソ連とともに超大国へとのし上がったアメリカ合衆国の威信を完膚なきまでに叩き潰したベトナム戦争は、世界のリーダーを自負するアメリカにとってははじめての惨敗の体験であり、アメリカ人作家の描く小説のなかで取り扱われる果てしなき消耗戦の記憶は、どれも悪夢のように陰惨で重苦しく、どこか虚無的な雰囲気に満ちてさえいる。

 もちろん、戦争というのは悲惨なのがあたり前の、人間どおしの殺し合いであるのだが、それなら何世紀も前から中国をはじめとした近隣諸国の文化の侵略を受け、日本やフランスといった国々とも戦争をし、そうでないときも内紛を繰り返してきた、いわば戦争が日常生活の一部と化していたベトナム人というのは、なんと悲惨な国民なのだろうか、と考えるのは、その国の表面のみを見て、自国の価値観を一方的に押しつけようとする先進国のエゴでしかない。

 私はまぎれもなく日本で生まれ育った日本人であるが、しばしば自分がいかにも日本的な――世界から見ればむしろ少数であるはずの――価値観のもとにものを考えていることを忘れてしまう。フィリピンのレイテ島から日本人の妻として日本にやってきた中野フェシェリアキタの書いた『日本に嫁いで11年』は、私たちがあたり前だと思っていた価値観を大いに揺さぶってくれる、という意味で衝撃的なノンフィクションであったが、ここで紹介する本書『サイゴンから来た妻と娘』もまた、私たちがいつの間にか枠にはめ込んでしまっているベトナム人という国民性に深く迫り、また国際社会のなかでの日本がかかえる問題点を鋭く浮かび上がらせたノンフィクションである。

 著者である近藤紘一は、サンケイ新聞のサイゴン特派員として長くベトナムという国に接してきた記者である。それゆえに、あるいは硬質な真相解明ルポルタージュのような内容を想像する方もいらっしゃるかもしれないが、本書の中心となっているのは、その底抜けに自然な、「大輪の花が咲いたような」笑顔がきっかけで結ばれることになったベトナム人女性と、その娘ミーユンが、1975年のサイゴン陥落の混乱を逃れて日本に移住してから巻き起こす、文化の違いゆえのさまざまな騒動であり、いつでもベトナム式の生活をマイペースでつづけていく、どこまでも明るい彼女の様子はユーモラスでさえある。それは、著者にとっての妻や娘が、ベトナム人であるという以前にかけがえのない妻子であるからに他ならず、ある意味で「子育て奮闘記」としての面白さがあるからだろう。著者が作中で、けっきょく最後まで妻のことを「妻」としか呼ばなかったことからも、その思いやりの深さが見てとれるはずだ。

 だが、そうした夫としての姿勢、父親としての姿勢とは別に、いかにも記者らしい、どんなに奇異で突拍子のない出来事に対しても、冷静な観察眼を忘れず、それがベトナム人がもつ気質であり文化であると納得し、受け入れようとする姿勢も本書にはあちこちに表われていて、そうした客観性――より良く言えば懐の深さが、とくに異文化に対して排他的なところの多い日本人の読者にとっては大きなアクセントになっているのも間違いないところだろう。

 ベトナムの圧倒的な自然環境――種さえ蒔けばあとは放っておいても勝手に育って実をつけ、まったく働かなくても年じゅう周囲に自然の恵みが溢れ、食っていくことができる、日本人にとっては途方もない環境に支えられて、何十年にもわたって戦争をつづけてきたベトナム人の気質の基本にあるのは、自分たちが誰からも支配されない、自由な存在である、というところにある。そして彼らの考える自由が、勤倹や質素を美徳とし、潔い態度や正々堂々の精神を尊ぶ日本人の考える自由と大きく異なっているのはあたり前のことだと言わなければならない。お釈迦さまと先祖の霊のみを絶対の価値観とし、それ以外のあらゆるあてがいぶちの権威を拒否してでも、自分のあらゆる言動の責任を自分でとる、という厳しさを秘めた自由を愛する国民、それがベトナム人であると、著者は語る。

 もちろん、だからこそベトナム人は素晴らしく、日本人は軟弱だ、と結論づけているわけではない。著者が本書で言おうとしているのは、まずベトナムという国で生きている人たちのことを正しく理解してもらいたい、ということ、そして自分にとって異質だと感じたものを一方的に拒否したり、自分の価値観を押しつけたりするのではなく、「なぜ」という問いかけをする勇気を持ってほしい、ということではないだろうか。

 ペットとして自分の子どものように可愛がっていたウサギを、言うことをきかないという理由で殺し、料理してしまう妻、とにかく体罰を振るい、力で娘をねじ伏せようとする妻、ポルノ映画をいっしょに観ようと迫り、他人の持ち物について「それいくら?」と訊いてしまう妻――こんなふうに書評上で書いてしまうと「なんて女だ!」ということになってしまうのだが、戦争が日常という激烈な環境のなかで、そうでなければ文字どおり生きていけないという結果として身についた自分の価値観に、絶対の確信を持って生きている彼女のふるまいは、むしろあまりにストレートであるがゆえに屈託なく、清々しい明るさに溢れている。戦後五十数年を経て、なお自分たちの文化や価値観に確信を持てず、常に曖昧なままふらついている私たち日本人が、いつも憂鬱そうに彼女には見えるのも、無理のない話だ。そして同時に、垣根涼介という作家が、『午前三時のルースター』という小説で、ベトナムを「新しい可能性を秘めた国」として見ていた理由も、そこにこそある。

 ベトナムの首都サイゴンは、社会主義国家ベトナムとなった1976年に「ホーチミン」という名に変わった。だが、本書のなかには一度としてこの「ホーチミン」という言葉は出てこない。これはおそらく、四半世紀が経った今もなおベトナム人が「サイゴン」という名で呼びつづけているように、著者にとってのベトナムもまた、共産主義が支配する「ホーチミン」ではなく、どんな戦争でもけっして屈することなく、おのれの自由をしたたかに守り抜いてきた象徴としての「サイゴン」だからではないだろうか。そして著者は、本書の中の夫と妻との力関係のなかに、国際社会上における、未来の日本とベトナムとの関係を見ていたのではないだろうか。(2001.11.09)

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