【光文社】
『クロスファイア』

宮部みゆき著 



 超能力を扱った小説というと、私個人としてはどうしても筒井康隆の七瀬シリーズ三部作(『家族八景』『七瀬ふたたび』『エディプスの恋人』)を思い出してしまう。この三部作が、それまで既存のありがちな物語構造、そして小説ということばが持つ常識を打ち崩そうとしている点で秀作であるのに対して、本書『クロスファイア』は、ありがちなストーリーの流れを踏まえながらも、そこに現実の社会問題をテーマにとり入れ、かつ巧みな人物描写で物語を魅力的なものにしようとしており、それに成功しているという点で秀作であると言える。前者が良い意味で読者を裏切ってくれる物語であるのに対し、後者は「やっぱりそうなるのか」と思いながらも、そこに何かを感じずにはいられない物語である――言いかえればそういうことになるだろうか。

 主人公格の青木淳子は、念力放火能力――念じるだけで、有機物、無機物を問わず、鋼鉄をも溶かすほどの炎を発生されることができる能力――の持ち主である。彼女はかつて、自分の能力を使って、凶悪で残忍な犯罪者でありながら、未成年であるというだけで罪をまぬがれている人間たちを「処刑」したことがあった。本書のなかでは、少年グループによる凶悪犯罪の現場を淳子が偶然に目撃するところから始まる。そのグループにひとりの女性が拉致されていることを知った淳子は、少年グループの追跡と「処刑」を開始するが、もう少しというところでその女性は何者かによって射殺されてしまう。そして、失意にくれる淳子のもとに、「ガーディアン」と名乗る組織から電話がかかってくる……。

 なにより、本書に出てくる登場人物たちが魅力的だ。主人公格の淳子はもちろんだが、他にも、子育てを終えた中年女性をそのまま刑事にした感じの石津ちか子が、意外にも鋭い観察眼で真相を見抜いていく様子や、幼い頃に弟を念力放火能力で焼き殺された牧原刑事や、人を思いのままに操ることができる能力を持つ木戸浩一、また淳子と同じ能力を持ちながら、それをコントロールできずにいる倉田かおりの存在など、どの登場人物をとってみても、ひとくせもふたくせもあり、それに著者の巧みな文章力がまじりあって、確かに物語のなかで息づいているのを感じることができるのだ。
 そして、強力な力を持つ自分の存在に疑問を覚えながらも殺人をつづける淳子と、それを追うちか子と牧原のふたり。このふたつの線が、どこで交差することになるのか、というストーリー展開は、その結末がだいたい予想できたとしても、やはり読者を引きつけてしまう。そういう意味で言うなら、宮部みゆきは確かに、すばらしいストーリーテラーであると言えよう。

 だが、それにも増して重要なのは、本書が超能力という、およそ非現実的な要素を扱いながらも、その真のテーマは、快楽のために人を殺して何とも思わない、現在世の中で増加している凶悪犯罪に向けられている、という点だ。淳子は、そういったどうしようもない悪人が確かに存在すると主張する木戸浩一のことばを認めつつ、それでもこんな疑問に悩まされつづける。

 それらの凶悪な変種と、あなたやあたしという変種とは、本当に座標軸をはさんで反対側にいるのだろうか? 実際には、思いのほか近い岸辺に、ただ脆い岩場をひとつ隔てただけで、隣り合って存在しているのではないのかしら――

 宮部みゆきの作品は、つねに私たちのいる世の中との接点がある。だからこそ、ありがちなストーリーでありながらも読み進めてしまうし、読んだあとに何かを考えさせられてしまう。最近直木賞をとった著者だが――そしてこんなことをいまさら言うまでもないのだろうが――その賞に恥じないだけの実力を備えていると断言しよう。

 それにしても、超能力を使える人間というのは、どうして美男美女が多いのだろうか。どこかにぶさいくな超能力者が出てくる小説って、ないんだろうか。(1999.02.06)

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