【講談社】
『永遠の0』

百田尚樹著 



 日本人は平和ボケしている、という論調をときどき見かける。おそらくそのとおりなのだろう、と私も思う。少なくとも、ただ「生き延びる」ということについて、あまりにあたり前になりすぎてしまっているという意味では、私自身もふくめてそのとおりだと強く感じている。平和で衛生的な生活が私たちの生まれる前からずっと続いており、それが今後もずっと続いていくものだと、何の根拠もなく信じているのが、今の私たちである。

 飢えることもなく、誰かに殺されるかもしれないという恐怖におびえることもなく、あたかもそれがあたり前であるかのように生きていける――よくよく考えてみれば、これは相当にすごいことだと言える。もっとも2011年3月の東日本大震災は、その前提を覆しかねない出来事として、今後の私たちの意識になんらかの影響をおよぼす可能性はあるが、それでも今現在、私は以前と同じように本の書評なんかを書くことができていたりする。だが、「生き延びる」ということがあまりにあたり前になりすぎてしまうと、逆に「生き延びる」という本来的な要素に対してどんな価値があるのかわからなくなってしまうことがある。

 生きるということは、もともとはどんなに大金を払っても代えることのできないものであるはずだ。にもかかわらず、今の私たちは人の命うんぬん以上にいかに金を稼ぐことができるか、といった別の価値観で物事のすべてを推し量ろうとしてしまうところがある。それが「平和ボケ」でないとしたら、何をもって平和ボケと言うのか、ぜひとも指摘してもらいたいものであるが、今回紹介する本書『永遠の0』を読んだ結果として、まっさきに思い浮かんだのが「平和ボケ」という単語であったというのは、なんという皮肉だろうかと思わずにはいられない。

 彼らは英雄でもなければ狂人でもない。逃れることの出来ない死をいかに受け入れ、その短い生を意味深いものにしようと悩み苦しんだ人間だ。私はその姿を間近に見てきた。

 上述の引用にある「彼ら」とは、太平洋戦争末期に旧日本軍によって組織された特攻隊員のことを指している。片道の燃料しかない戦闘機や魚雷などに乗り込み、敵艦隊に特攻して自爆するためだけに集められた特攻隊――本書に登場する佐伯健太郎と姉の慶子が、その生い立ちを調べようとしている祖父は、特攻隊員として死んだ海軍航空隊の戦闘機乗りだった。

 もっとも、健太郎にとっての「祖父」とは祖母が戦後に再婚した大石賢一郎のことであり、特攻隊として死んだもうひとりの、血のつながった祖父、宮部久蔵がいたという事実を知ったのは、つい最近のことにすぎない。それでも、ジャーナリストの卵である慶子には、今回の調査によってジャーナリストとしてのスキルアップを目指すという目的があったが、弁護士を目指しながらも四年連続で司法試験に失敗し、なかばニートのような日々を過ごしていた健太郎にとって、今回の調査はただの暇つぶし程度の意識しかなかった。

 本書にはもともと、宮部久蔵とはどのような人物だったのか、というひとつの謎があるのだが、太平洋戦争の話、それも特攻隊の話がメインとなっている時点で、そこに大きな悲劇が待ち構えていることは容易に想像することができる。それゆえに、本書の読みどころはむしろ、生前の祖父となんらかの形でかかわったことのある人たちと出会い、彼らの話に耳を傾けることによって、当初のふたりの意識にどのような変化が生じるのか、という点に集約されていくことになるのだが、その「変化」をほかならぬ読者自身にも追体験させるかのような、戦争体験者の圧倒的な語りがそこにはある。

 じっさいに本書を読み進めていくとわかってくることであるが、本書を構成する文章のメインを占めているのは、彼らによって語られる戦争の生の体験だ。生といっても、そこには戦後になってはじめてわかったことなども含まれており、純粋に当時の体験だけを語っているわけではないのだが、それでも彼らの口を借りて提示される、当時の戦争のあり方やその内容の専門知識、資料的要素の多さにはただただ圧倒されるばかりだ。まるで、宮部久蔵の調査そのものが副次的なものであるかのようにさえ思ってしまうその膨大な文章は、今まさに失われようとしている戦争体験者の記憶をなんとしても刻み込もうとするかのような気迫さえ感じられる。

 だが、たんに太平洋戦争のことを語りたい、とくに宮部久蔵が戦闘機乗りとして長くともに戦ってきた零戦のことを語りたいのであれば、たとえば堀越二郎の『零戦−その誕生と栄光の記録−』をはじめ、すぐれた書籍はいくらでも見つけることができる。それを考えると、本当の意味での本書のメインとなるのは、やはり宮部久蔵という人物であると言うことができる。それも、たんに健太郎の人生に唐突に出てきた、六十年以上も前に死んだ特攻隊員という記号としてではなく、今の自分と同じように、ひとりの人間として生きた宮部久蔵として、その姿を再現することこそが、本書の根幹を成している。そしてその要素は、しだいに宮部久蔵という人物だけではなく、その枠を越えて多くの人たちにも及んでいくことになる。

「あの頃、私たち搭乗員は非日常の世界を生きていました。――(中略)――死と隣り合わせの世界というか生の中に死が半分混じり合った世界で生きていたのです。死を怖れる感覚では生きていけない世界なのです。それなのに宮部は死を怖れていたのです。」

 特攻隊員として死んだ、勇ましい軍人としての祖父を追っていた健太郎たちの想像とは異なり、彼の知り合いたちの話から浮かび上がってくるのは、極度の臆病者としての祖父、なにがなんでも生き延びるということに異様なまでの執念を燃やす、およそ軍人らしからぬ人物像であり、また零戦の操縦にかんしては天才的な能力を発揮する戦闘機乗りとしての人物像である。そして本書の構造として、祖父の調査が進めば進むほど、そこでひとつの謎が解ける代わりに、別の疑問が発生するという形があり、その長さに反して読者の興味を持続させようという工夫もこめられている。なぜ祖父は当時の日本軍の雰囲気に染まることなく、死を怖れるような態度を隠そうとしなかったのか、そもそもなぜ海軍として志願することになったのか、そして、そんな祖父がなぜ、出撃すれば確実に死ぬとわかっている特攻隊員として死ななければならなかったのか――そのあたりの回答については、ぜひとも本書を読んで判断してもらいたいところであるが、ひとつだけたしかなことは、宮部久蔵の、人間としての命を大切にするという態度は、たんに「臆病者」という言葉だけではけっして語れないものであること、そしてその態度が、彼と接する機会のあった多くの人たちの心にも多大な影響を与えた、という点である。

 この書評の冒頭で、私は「平和ボケ」の話をしたが、それと似たような精神が太平洋戦争中にも蔓延していた事実が、本書のなかにも書かれている。兵隊の命をたんなる数、赤紙一枚あればいくらでも補充がきくものとしてしか見ていない当時の幹部たちこそがその象徴なのだが、本当に怖ろしいのは、戦争が終わって六十年以上も経った今の日本にも、相変わらずそうした精神が蔓延しているというたしかな事実である。そんななか、自分の命はもちろん、他人の命さえかけがえのない大切なもの、という揺るがない思いと、その思いとはどうあっても両立し得ない戦争という不条理との大きな葛藤のなかで生きた宮部久蔵は、間違いなく「生き延びる」ことの本当の意味を知っていた人物である。

 もし本書を読んで深く感動する要素があるとすれば、それは私たちが久しく忘れてしまっていた、「生き延びる」ことの真の意味に触れることができるという一点にこそある。ぜひともその感覚に触れてみてもらいたい。(2013.11.24)

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