【講談社】
『エレGY』

泉和良著 



 たとえば、この書評サイトを運営している私は「八方美人男」というハンドルネームで通っているが、はたしてこの書評をお読みの皆さまは、八方美人男という個人について、どのようなイメージをお持ちだろうか。これまでのオフ会などの経験から判断すると、どうやら私はずいぶんと年配の人間としてイメージされていることが多いらしく、はじめてオフでお会いしてみると、私が思った以上に若くて驚かれたということが一度ならずあるのだが、とくに「八方美人男」という人物について、何かを演出しようという意図があるわけではないにもかかわらず、おそらく書評を書いているということ、それも「必ず褒める」という書評を書くというスタイルなどが、そうしたイメージを築いた要因のひとつであるとすれば、リアルの「私」と「八方美人男」とのあいだには、やはり何らの違いがあり、異なる性質を持つ別人だという考えが成立することになる。

 たしかに、「八方美人男」が本の書評サイトを運営する人物である以上、彼は本や読書といったものに特化したキャラクターだ。本を読むのが好きで、できるだけその本の良いところを探し出して評価することを目的としているサイトの管理者として、たとえば「小説なんて知らねーよ、バーカ」なんてことを書くわけにはいかない。だが、そもそもなぜ「読んだ本は意地でも褒める」なんて酔狂なサイトをつくろうと思ったのかといえば、現実世界における「私」が経てきた過去――自ら小説を書くことへの挫折と、そんな自分自身への失望などが影響していることを認めないわけにはいかない。物語を、ひとつの虚構を作り出すことは、けっして容易なことではないことを、私はよく知っている。だからこそ、その努力を全否定するようなことはできないし、またその資格もない、という思いが、私のなかにはたしかにある。

 甘いと言われればそれまでだし、また面白い本を探したいという目的でこのサイトに来てくださる方々にとっては、なんとも不親切な内容であることも認めるが、そういう性質のサイトであるからこそ、私は八方美人男として今までやってこられたのだろうと思うと、「八方美人男」はけっして架空の存在などではなく、まぎれもない自分自身を形成する要素のひとつとして、私のなかに息づいていると言うこともできる。

『この日記を見た女の子は
 今すぐに、自分のいやらしいパンツ姿の写真を携帯で撮って、
 メールで僕に送って下さい!
 直ちに! 早く!』

 そんな強烈なインパクトを残す文面からはじまる本書『エレGY』であるが、語り手である泉和良が自身のブログ上にアップした、このふざけているとしか思えない文面は、しかし物語のきっかけとしてだけでなく、物語全体を象徴するものとしても非常に重要な意味をもったものである。というのも、語り手は泉和良であると同時に、ネット上で無料ゲームを制作、配布するサイト「アンディー・メンテ」を管理する自称「フリーウェアゲーム作家」の「ジスカルド」であり、彼はゲーム制作はもとより、イラストや音楽にかんしても非凡な才能を見せ、それゆえにいくらかの固定ファンさえついているという人物でもあるからだ。

 けっして商業主義に束縛されることなく、自由な精神と新しい挑戦でもって自分のつくりたいと思うゲームをつくっていく――そんな情熱と、それを実現させるだけの実力をもつ「ジスカルド」が日々更新しているゲーム制作日誌ブログに、上記引用のような文面はまったくふさわしくないばかりか、「ジスカルド」としてのイメージを大きく損ないかねないものである。にもかかわらず、彼は「パンツ姿写真募集」の書き込みをした。それは、これまで築いてきた「ジスカルド」としてのイメージを壊してでも、それまでの何かを変えたいという焦りがあったからに他ならない。

 それは語り手にとって、一種の賭けだったと言える。ファンたちが知る「ジスカルド」像に似ても似つかぬ日誌の内容は、そうしたイメージを求める人たちには何も意味しないものであり、当然のことながら無視される。だが、もしこの内容に反応する者がいたとしたら――それも、ただのいたずらやからかいとかいったものではなく、ファンのひとりとして何らかの反応があったとしたら、その人物は、語り手やファンたちがつくりあげた「ジスカルド」像ではない部分についても、なんらかの興味をもってくれている、ということになる。

 ずいぶんと長い前置きになってしまったが、結果として語り手は、本当に女の子のパンツ姿の写真を手に入れることになる。そしてその女の子こそ「エレGY」なのである。そういう意味で、彼女はそもそものはじめから、語り手の「ジスカルド」像ではない部分、つまり泉和良の部分を受け入れる可能性のある女の子として登場しているのだ。だが、肝心の語り手自身がそうした可能性に目をつぶり、自身で生み出したはずの「ジスカルド」像にとらわれてしまっている。

 もし「作者が天才だ」とファンに思わせる事ができれば、どんな未完成な物を発表しても、ファンにはそれが名作に見えるだろう。――(中略)――そう。これが「ジスカルドの魔法」だ。

 ともするとメールだけでなく、リアルで語り手と会っているときでさえも暴走しがちで、それが行き過ぎるとリストカットにおよんでしまうというエレGYの破天荒な言動や、リアルな世界における語り手泉和良の、日々の生活費にさえ困窮してしまう生活ぶりといった要素が目立つ本書であるが、その本質は好きになった男女が、それぞれの理由ですれ違いをくり返してしまうという典型的な恋愛小説である。そして少なくとも本書には、インターネットという架空の世界における人と人とのコミュニケーション、あるいはディスコミュニケーションのリアルさ、生々しさがある。

 語り手に感情移入するか、エレGYに感情移入するかで感想も変わってきそうなところがあるが、ネット上の自分と、リアルでの自分との関係などは、私にとっても他人事ではないところがある。はたして、あなたはこの物語のなかにどのような可能性を見出すことになるのだろうか。(2008.08.17)

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