【早川書房】
『エンディミオン』

ダン・シモンズ著/酒井昭伸訳 

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 あなたがどんなつもりでこの書評を手にとったにしろ、十中八九、その目的は的はずれだ。
 本書『エンディミオン』で語られる壮大な叙事詩――そのなかでは「詩篇」と称される、事実上の前作にあたる『ハイペリオン』と『ハイペリオンの没落』をまだ読んでいないのなら、本書の面白さは確実に半減されるばかりか、もっとも致命的なネタバレによって『ハイペリオン』『ハイペリオンの没落』を読むことで得られるはずの感動までもが失われてしまうことになるだろう。
 前作をすでに読まれた方で、本書も読もうかどうかを決めるための指針をこの書評に見出そうとしているのであれば、この文章にきっと失望をいだく。本書のなかのあまりにも桁外れな世界を紹介するには、与えられたデータ領域はあまりにも少なく、また本書のあらすじやその魅力などをより効果的に、より的確に表現できるだけの文章力も、語彙力も、今の私は持ち合わせていないからだ。
 本書をすでに読み終わったものの、そこに仕掛けられた数多くの複雑で難解な伏線や謎を充分に理解することができず、この書評に、いわば明確な「謎解き」をもとめているのなら、やはり期待には答えられない。私自身、本書のすべてを丸暗記しているわけではなく、本書に隠された謎を明らかにすることは、九つの惑星にある地下迷宮のことごとくを突破することにも等しい行為であり、そのために費やされる期間は一ヶ月や二ヶ月では済まないことは、容易に想像できる。

 あなたがこの書評を、私が書いているのと同じ理由で――本書と、その完結編とも言える『エンディミオンの覚醒』に綴られる物語の、そのあまりにも大きくダイナミックな世界に感動を覚え、その感動をひとりでも多くの人とわかちあうために――読んでいるのだとしたら、その場合、あなたの目的は正しいといえるかもしれない。

 さて、どこからはじめよう? 物語の舞台は32世紀、前作における「時間の墓標」への巡礼者たちの活躍と、CEOグラッドストーンの英断によって、「テクノコア」がその野望とともに消滅、同時に転移ゲートと超高速通信も使用不能となり、連邦そのものが崩壊してから三世紀あまり経った頃、宇宙は「パクス」と呼ばれる復活派キリスト教団による神権政治によって統べられようとしていた。パクスは、前作で登場した忌まわしき寄生体である「聖十字架」の力をコントロールする術を知り、その存在を神聖化し、その力で信者に不死をもたらすという方法で、爆発的な勢いで信者と支配領域を獲得していき、今ではかつての連邦以上の力を誇るまでに成長していたのだ。

 そして、本書の語り部となるべく登場するのは、ロール・エンディミオンという名の、羊飼いの青年である。惑星ハイペリオン生まれの彼の家系は、その姓である「エンディミオン」が示すとおり、もともと打ち捨てられた大学都市エンディミオン出身であり、語り部でもあった彼の祖母は、小さい頃から彼に「詩篇」の暗誦を訓練させていたのだが、登場そうそう、彼はパクス法廷によって冤罪とも言うべき罪を押し付けられ、死刑執行を待つ身となっていた。そんな彼を救ったのは、詩人マーティン・サイリーナス――前作における巡礼者のひとりであり、パクスによって禁書とされた「詩篇」の作者でもある、齢千歳になろうとする伝説の老人だった。

『ハイペリオン』『ハイペリオンの没落』から三百年余、すでにハイペリオン最後の巡礼の物語は伝説と化し――もっとも、その叙事詩はパクスにとっては異端そのものであり、パクスによって都合のいいように改竄されたものを正統にしようとしているのだが――シュライクの脅威も絶えて久しくなっている時代に、その伝説の人物が今もなお生き長らえているという設定にも驚かされるのだが、さらに驚くべきことに、その老詩人はある予言をエンディミオンに告げる。間もなく「時間の墓標」がふたたび開き、ひとりの少女が過去からやってくることになる、と。そしてその少女こそ、全宇宙の命運を左右する「教える者」であり、詩人と同じくかつての巡礼者だった女探偵ブローン・レイミアの宿した子ども――人間と、「テクノコア」が生み出したサイブリッドとの混血児であるアイネイアーなのである。

 しかも、その予言はパクスの教皇――彼はかつての巡礼者のひとり、神父ルナール・ホイトその人である――にとっては不吉な予言、邪悪な「テクノコア」の手先としてアイネイアーを見なしており、「時間の墓標」では、パクス軍の精鋭が彼女を捕らえようと待ちかまえているという。アイネイアーをパクスの魔の手から救い出せ、という、ほとんど無謀とも言える老詩人の願いを聞きいれて、ロール・エンディミオンはホーキング絨毯に乗り、「時間の墓標」へと目指す……。

 こうしてあらすじを書いていると、本書がいかにその前作である『ハイペリオン』『ハイペリオンの没落』との関わりを密にしているかがわかるのではないだろうか。というよりも、かつてのハイペリオン巡礼者のその後が、そのまま本書の基礎を形作っていると言ってもいいだろう。前作から通して読んでいる方にとって、前作と本書とのこのような関係を見て取るのももちろん魅力のひとつであろうが、当然のことながら、今回の物語もまさに、さまざまな惑星を巡る一大スペクタクル活劇であり、パクスの追っ手をエンディミオンたちがいかにして切り抜けていくか、という醍醐味や、さまざまな意味ありげな伏線、そして何より、新しい登場人物――後の世界の救世主となる人物でありながら、今はまだ十二歳の少女にすぎない、不思議な魅力と知性に溢れるアイネイアーに、その守り手でありながらちょっと間が抜けていて、どちらかというと彼女の機転に助けられてばかりではあるものの、勇敢に戦うことを恐れない「床屋で散髪するヒーロー」ことロール・エンディミオン、かつての巡礼にもしばらく参加していたことのある、生真面目なアンドロイドのA・ベティック、そして、そんな彼らを捕らえるという命を帯び、惑星から惑星へと驚異的な速さで駆け抜ける急使船に乗りこみ、その度にすさまじいGによって死んでは「聖十字架」の力で復活するという、信じられないような航法を繰り返してエンディミオンたちを追うフェデリコ・デ・ソヤ神父大佐やグレゴリウス軍曹といったキャラクターたちの魅力を忘れてはなるまい。前作で巡礼者たちを恐怖のどん底に陥れた殺人鬼シュライクも再登場し、さらにそれを上回る力をもったラマダンス・ネメスまで登場して、すさまじい戦いを演じたりするなど、まさにヤマ場は語っても語りきることができないほど存在する。そして、本書の物語は、あくまで中心人物を一点に絞っているぶん、前作とくらべてずいぶん読みやすくなっていると言える。

 そして今回も、いろいろや謎や伏線が錯綜し、読者の興味を惹きつけてやまない構成となっているのは言うまでもない。アイネイアーの救世主たる力とは、どのようなものなのか、彼女が教えを請わなければならないという「建築家」はいったい何者で、どこにいるのか、彼女に力を貸し、機能を停止したはずの転移ゲートを開いている存在とは何なのか、「テクノコア」が、じつはまだ生きているというのは本当なのか、いや、それよりアイネイアーが「テクノコア」の手先というのは真実なのか――さまざまな謎を秘めつつ、アイネイアーとエンディミオン、そしてA・ベティックは、星々を巡る冒険を通じて、少しずつ心を通わせあい、かけがえのない友として成長していくことになる。それは、アイネイアーが本書のなかで語る、愛の力――宇宙の基本的な力のひとつである愛の物理学を育む土壌となり、この壮大な叙事詩であるシリーズの真の完結編である『エンディミオンの覚醒』へとつながっていくのである。

 まるで、すべての結末を知っているかのように、深遠なことを話し、大人顔負けの修羅場をくぐっていくかと思えば、十二歳の子どもにふさわしい、無邪気さや幼い一面を見せるアイネイアーの魅力――彼女が何者で、その行く手にどのような過酷な運命が待っているのか、今のエンディミオンには知る術はない。だが、少なくとも、次のようなことだけはわかっている。そして、これこそが本シリーズの一番の魅力であり、真理なのかもしれない。

 <教える者>であれ、新しい救世主であれ、やがてどんな存在になるのであれ――ブローン・レイミアの娘は、まだまだほんの子供――ゼロG下のたわむれで大喜びし、夜になれば心細くて涙を流す、小さな子供なのだ。

 アイネイアーを守り、老詩人のところに連れていくこと、オールドアースを見つけてもとの場所に戻すこと、アウスターを説得して、パクスを滅ぼし、「テクノコア」の真のもくろみを暴いて阻止すること――老詩人が課したあまりにも責任重大な約束を引き受けてしまった我らがヒーロー、エンディミオンの活躍は、まだ始まったばかりである。(2000.09.19)

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