【文藝春秋】
『八月の獲物』

森純著 
第13回サントリーミステリー大賞受賞作 

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 私はときどき、ただ漠然と「自分は百歳まで生きるだろう」と考えたりすることがある。根拠はまったくない。これまでとくに大きな病気や怪我にみまわれることも、また災害や突発事故に巻き込まれたりすることもなく、いたって平穏無事にこの年齢まで生きてきた私はそのたびに、まるでそれが当然であるかのように、今後も平穏無事に天寿をまっとうするするはずだ、とも考えているお気楽な自分に気づいて苦笑する。そう、考えようによっては、自分が今もなお存命している、というのは、ものすごい幸運であるのかもしれないのだ。毎年一万人以上の人が交通事故で亡くなり、地下鉄の中では毒ガスが撒かれ、大地震が都会を襲い、白昼堂々とキレた男が無差別にナイフで切りかかったり人を車で跳ねとばしたりする――いや、そんなあきらかな殺意を示さなくとも、ちょっとしたはずみでさえ、人を簡単に死に追いやることのできる、この小さな悪意に満ちた世界の中で二十数年もサバイバルする、というのは、自分で思っているほど簡単ではないのかもしれない。
 とくに、本書『八月の獲物』で起こったような幸運が、自分のもとに舞い込んだとしたら――


「あなたに十億円差し上げます」


 七月十二日の朝刊紙面で大々的に掲載された、このセンセーショナルな応募は、まさに万人の心を惹きつけずにはいられない、あまりにも魅力的な、あまりにも馬鹿げた、そしてあまりにも危険な香りのするイベントであった。この「十億円チャリティー」の主催者である桶狭間権兵衛氏から、取材等の逆指名を受けた降居東は「ニューススピリッツ」で活躍するキャスターであり、また心理学者でもあったが、応募者の中から抽選で三人を選び出し、十億円を平等に分配すること、その条件として八月一日から一ヶ月間生存すること、億単位の生命保険に加入すること、万が一、欠員が生じた場合の補欠も一人選出すること、といった内容を聞くにつれ、桶狭間氏がこのチャリティーを利用して、裏で何かをたくらんでいるのではないか、という確信に近いものを感じ、彼とそのイベントに興味を示すことになる。
 はたして、三人の寄贈対象者と一人の予備の寄贈対象者を選び出した次の日の夜、その幸運な三人のうちのひとり、中野堯がホームに転落、轢死するという事件が起こった……。

 はたして、中野の死はたんなる事故だったのか? あるいは何者かによる殺人なのか? 寄贈者が死ねばそのぶん自分の分け前が増える残りの寄贈者、誰かが死ななければ金を手に入れることのできない予備の寄贈者である瀬戸参三、また、彼等に多額の生命保険をかけている権兵衛氏、抽選にもれた多くの人達、愉快犯――容疑者をあげていればキリがない。日毎に加熱していく報道のなか、一躍有名人になった権兵衛氏と十億円の寄贈者たちの足取りを追いながら、降居は、「十億円チャリティー」という空前絶後の大イベントを計画し、人間なら誰しもが持っているねたみや羨望、憎しみ、軽蔑といった悪意をあえて誘発するような舞台をお膳立てした権兵衛氏の真の狙いが何なのか、その謎に迫ることになるが……。

 よく、宝くじなどで大金を手に入れた人たちが、見知らぬ「親戚」から金をせびられたり、人間関係が急に悪化して普通に生活が営めなくなってしまった、という話を耳にするが、人間というのはよくよく、他人の幸運が気に入らない生き物であるようだ。「人生は金がすべてではない」という言葉が空しく響くほど、私たち人間の弱さ、あさましさ、そして心の奥底にひそむ狂気を暴露しているように思える本書は、しかし読み進めていくうちに、むしろ逆のことを伝えようとしているのだ、ということがわかってくる。異常な事態、極限状態のなかにあって、人間はときにどんな残酷なことをも平気でやってしまう生き物であるが、同時に、気の持ちようによってはどんな状態に置かれても理性を保ち、人間らしく生きることもできる生き物なのだ。人間であることの弱さと強さ、ミステリーとしての仕掛けの面白さ、現代に生きる人たちの心理や痴呆老人の問題といった、多くのテーマ性、そして謎の奥にある感動――これらのものを、たったひとつのイベントですべて表現しきってしまう著者の力量と並外れたセンスには、素直に脱帽するほかはない。99年1月に肝不全で逝去されたのがかえすがえすも残念である。

 本書の大きな面白さのひとつは、間違いなく謎ときにあるので、これ以上書評するのは控えておこう。「十億円チャリティー」という名のサバイバルゲームがどのようなラストを迎えることになるのか、ぜひともその目で確かめてみてほしい。(2000.01.25)

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