【幻冬舎】
『エル』
−全日本じゃんけんトーナメント−

清涼院流水著 

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 あなたは偶然というものを信じるだろうか。偶然――あるいは運、ラッキーという言葉で言い換えてもいいだろう。人間の力ではどうすることもできない偶然という作用がもし本当に存在し、私たちの人生に影響をおよぼしているとするなら、ある意味これほど理不尽な代物もないだろう。「運も実力のうち」などという言葉もあるが、本当は実力のある人が「運が悪い」というだけで本番で失敗してしまったり、本当はたいして実力のない人が「運が良い」というだけで大成功をおさめることができる、という事実は、努力すること、勤勉であることを嘲笑う現象であるからだ。だが、その一方で、人間の意思を超えた力の作用であるがゆえに、身分や年齢を問わず、すべての人に平等にチャンスが与えられるものでもある、と考えることもできる。運が良ければ大金を手に入れることができるギャンブルや宝くじといったものが、古くから多くの人々を魅了しつづけているのは、偶然がもつ公平さゆえに、人々の夢をかきたてる力を秘めているからなのだろう。

 そして、今日も人々は占いや運勢の告げる結果に一喜一憂し、偶然を必然に変えるために、空しい努力をつづける。人生は茶番――本書『エル――全日本じゃんけんトーナメント』に書かれているのは、あるいはこんな言葉で表現できるものなのかもしれない。

 優勝者には名誉を、準優勝者には富を――じゃんけんという、偶然がすべてを支配するごく単純なゲームを、おのれの運の強さを武器に、ひたすら勝ち進んでいくことによって、たったひとりの「ジャンケン王」を決めるという、年に一度、日本じゅうの人が熱狂するカーニバル、「第十三回全日本じゃんけんトーナメント」の本選が行なわれようとしていた。「L」という謎の人物ひきいる「エル・カンパニー」主催の、この単純にして壮大なトーナメントは、優勝者を予想してギャンブルを行なうことができるためか、テレビ中継されれば視聴率70パーセントという数字を叩き出すという、もはや国民的イベントともいえる代物となっているのだが、そんなトーナメント本選の選手として出場していた中学三年の木村彰一は、完全に困惑していた。これまでとことんアンラッキーな人生をおくってきたこの自分が、なぜここまで勝ちぬいてこんなところにいるのか――もともと姉が本人の断わりもなく勝手に応募したことからこのトーナメントに参加しなければならなくなった彰一は、内気で目立つことが嫌いである。一刻も早くじゃんけんに負けて家に帰りたい、この緊張感から解放されたい、と彰一は考えているにもかかわらず、なぜか負けることができないまま本選にまで来てしまったのであるが、その本選でも、本人の意志を嘲笑うかのように、常勝街道まっしぐらに突き進んでいってしまう。これはいったいどういうことなのか? それまでのアンラッキーの反動がここで出ているのか、それとも何者かの陰謀なのか……?

 じゃんけんという単純な遊びを、ここまで大袈裟に、かつ大真面目に取り扱ったのは、おそらく本書がはじめてであろう。そのことだけで本書をとらえてしまうと、いかに奇をてらっただけのバカ本のような感じがしてしまうのだが、本書に隠されているテーマは、意外と奥が深い。というのも、本書はじゃんけんにかける者たちの熱き戦いを描くと同時に、偶然という不確定要素を必然へと変えるための戦いを描いた作品でもあるからだ。

 たとえば、本書にはいろいろと魅力的な選手たちが登場するのだが、そのなかには、人の心を読むことができるという読心術師や、数学の見地からじゃんけんの確率を計算してしまう大学教授、また弱冠十六歳にしてゲームのシナリオライターを手がけ、コンピュータについても詳しい天才高校生(このトーナメントのじゃんけんは、離れた場所にいる相手と、コンピュータ制御されたコントロールボタンを使ってじゃんけんをするのだ)など、いずれもじゃんけんの偶然性に対して人類の知恵を駆使して勝利をつかもうとする者たちばかりが出てくるし、また本書のなかでは、人の運というものに対しても、まるで数字か何かのように、差し引きすることが可能であるかのような扱いを受けている、という点にも注目しなければなるまい。例をあげると、ある選手が異様にじゃんけんが強いとする。それはあきらかに運が強いからに他ならないのだが、本書のなかでは「ビギナーズ・ラック」だから強い、という解説がついてしまうのだ。さらに言うなら、じゃんけん勝負が一回勝負ではなく、先に三勝した者が勝つ、というルールのため、当然のことながらそこには相手の裏をかくための心理戦が展開されることになる。じゃんけんは偶然がすべて――だが、そこに必然という要素がまぎれこむことによって、本書のトーナメントがぐっと引き締まったものとなるのだ。

 次に来るのはグーか、チョキか、パーか? 単純であるがゆえに奥の深いじゃんけんトーナメントは、さまざまな人達の思惑を乗せて突き進んでいく。はたして、映えある「ジャンケン王」の座を獲得するのは誰なのか? 彰一の不気味なラッキーはどこまで続くのか? そして、このトーナメントの裏に隠された、ある陰謀とは?

 なお、本書はまぎれもなくひとつの物語なのだが、ある裏技(本書のなかにもちゃんと紹介されているのでご安心を)を使うと、同じ物語がまったく別の話になってしまうという、「一粒で二度おいしい」構造になっている。本書に関しては、ぜひこの「裏技」を使って読み進めることを薦める。そして、本書にこめられたふたつの物語を読み終えたとき、ここで書いた「偶然を必然に変えるための戦い」という言葉の本当の意味を知ることになるだろう。(2000.06.07)

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