【ソニーマガジンズ】
『文学刑事サーズデイ・ネクスト1』
−ジェイン・エアを探せ!−

ジャスパー・フォード著/田村源二訳 

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 小説を読んでいると、ときにその結末に不満を感じるようなことがある。とくに、救われるべき人物が救われないで終わってしまったり、愛しあっているはずのふたりがけっきょくは結ばれなかったり、あるいは悪人が最後まで何ら罰されることのないような結末に対して、私たちが抱かずにはいられない不満は、そのまま私たち読者が小説という虚構に求めているものの裏返しでもある。もちろん、小説に決まりごとはまったくないし、どんな形式であれ、あるいはどんな内容のものであれ、作者が小説だと言ってしまえば小説になってしまうところがあるのはたしかだが、世のなかの理不尽さや人生のままならなさをよく知っている私たちは、せめて小説のなかの世界においては、すべてがうまくいってほしいと望まずにはいられない。努力はむくわれてほしいし、愛しあうふたりには結ばれてほしい、そして悪人にはしかるべき罰が下されてほしいのだ。

 私たちが生きる現実はたったひとつしかないし、小説に書かれているのは、しょせんは虚構の世界での出来事にすぎない。だが、それでも私たちがそうした虚構を求めてしまうのは、そこに世界の多様性を見ているからに他ならない。私たちの生きる主観の世界は、ごく狭い範囲のリアルでしかなく、その思考はときに滞ってしまいがちだ。だが、小説という名の別世界の存在は、自分が見聞きするものだけが世界のすべてではないことを教えてくれる。そういう意味で、物語の世界はたしかに現実世界とつながっているし、そうした部分に私たちは救われてもいる。虚構はあくまで虚構にすぎないかもしれないが、その虚構を完璧なものに仕上げようとする人の思い、そしてそこに理想を見出そうとする人の思いは、たしかな現実でもある。

 今回紹介する本書『文学刑事サーズデイ・ネクスト1』において、もっとも顕著なのは、その世界設定の特異性である。一人称の語り手であるサーズデイは、文学刑事局(リテラテックス)に勤める女刑事。特別捜査機関、通称「スペックオプス」の一部局である文学刑事局は、文学作品の不法売買や著作権侵害といった分野の捜査を専門に扱う部署であるが、そうした専門部署が存在すること自体が、すでにその背景世界が、私たちのよく知る世界とは異なるものであることを示している。本書の舞台となるのは、一九八五年のイギリスであるが、そこではとっくに終結しているはずのクリミア戦争が百三十一年たった今もなお継続中であったり、ウェールズ地方が共産化して独立していたり、第二次世界大戦中にはナチスに占領されていたことがあったりと、現実のイギリスの歴史とはまったく異なる、もうひとつのイギリスの姿がある。

 コンピューターもジェット機もないのに、クローン技術が妙な発達をとげていたり、タイムトラベルの技術を使って自由に過去や未来に行き来できる者がいたり(サーズデイの父親が、まさにそのひとりだったりする)、狼男や吸血鬼といった怪物が実在していたりといったことが、日常の一部として浸透してしまっている本書の世界は、どこかファンタジー然としていて、それだけでも魅力的な要素に満ちているが、本書の物語を論じるうえでもっとも重要なのが、文学作品に対する人々の価値観の違いである。本書の世界に生きる人たちは、文学というものに異様に高い価値を見出しており、文豪のカード集めが子どもたちのあいだで流行っていたり、街角にシェイクスピアの戯曲の一節を語る自動販売人形が設置されていたり、そこに金の匂いを嗅ぎ取った犯罪者集団が文学作品をめぐって暗躍したりと、まるで文学作品が宝石か麻薬のような扱いなのだ。そして、だからこそ主人公たるサーズデイが文学刑事局に勤めているという設定が生きてくることになる。

「――世の中にはね、ルールや規則よりも重要なことがあるの。政府やファッションはたえず変わるけど、『ジェイン・エア』は永遠の名作。わたし、あの小説を救うためならなんでもするわ」

 本のなかに自由に出入りができる「文の門」という装置をめぐり、稀代の悪党であり人智を超越するような能力を有するアシュロン・ヘイディーズ一味と、その財力でイギリス経済を牛耳っているゴライアス社、そしてスペックオプスの各部局が、おのおのの思惑を胸に暗躍を繰り広げるというのが本書のおおまかな筋書きであるが、そんな組織同士の複雑怪奇な争いのなかにあって、一個人たるサーズデイの行動理念は、少なくとも表面上に出てくるものとしては、物語の展開とともに変転していく。当初は、アシュロン・ヘイディーズの能力をみくびっていたがゆえに、ロンドンでみすみす仲間を死なせてしまったという自責の念と彼への復讐という理由があり、それ以前に、過去における彼との因縁もあった。「文の門」の製作者であり、彼女の伯父でもあるマイクロフトが、その装置と妻もろとも誘拐されてしまってからは、大切な身内であるふたりを助けるためという理由が前面に出てくるが、おそらく彼との対決が決定的なものとして定まったのは、『ジェイン・エア』の直筆原稿がアシュロンに盗まれただけでなく、その原稿のなかから「文の門」をもちいてジェインを連れ出し、人質にとってしまうという暴挙に出たことが大きい。

 もし、直筆原稿の登場人物が、物語半ばで殺されたりしたら、そこから生まれたすべての『ジェイン・エア』の物語が大きく改悪されてしまう。そして「文の門」には、それができるだけの力がある。サーズデイは文学刑事局の刑事であり、文学の愛好家ではあるが、なかでも『ジェイン・エア』への思い入れは――それこそ、作品内では文字どおり命を救われているし、少女時代には『ジェイン・エア』のロチェスターと会ってさえいる――ことのほか大きいことが、本書を読み進めていくと見えてくる。そうした点に焦点をあてたときに、本書の一貫したテーマとして、文学作品という虚構と私たちの生きる現実世界とのあいだで相互に起こる影響というのが挙げられる。

 とある小説を読んだ人が、そのことによって心を揺さぶられたり、その後の人生を決定づけられたりしたというのは、よく聞く話だ。それは、小説のなかに書かれた物語が、現実世界の人々に影響をおよぼすだけの力があるということでもあるが、この作用は基本的には虚構から現実への一方通行のものでしかない。しかしながら、本書の世界においては、現実と虚構の境目というのは思った以上に曖昧であり、現実世界の住民が、逆に物語世界の有り様に影響をおよぼすという逆のベクトルが存在することが前提となっているところがある。アシュロン・ヘイディーズが行なうのは、装置を使った強引な影響であり、サーズデイのそれはその逆――そういう意味でもふたりは対極の位置にあると言っていい。それはまさに、宿命のライバルという言葉がふさわしいし、だからこそその対決の行方が盛り上がることにもなる。

 その世界が特異なものであることを示す数々の要素は、ともすると物語内世界の雰囲気を醸し出すだけで終わってしまうことが多いが、本書の場合、それらの要素が物語の進行に大きく絡んでいることがしばしばあり、そのよく練られた構成は見事なものがある。そして、じつは本書に出てくる『ジェイン・エア』は、私たちの知るそれとは少しばかり内容が異なっていたりするのだが、そのことも含めたうえで、本書が最終的にどのような結末を用意しているのか、ぜひともたしかめてもらいたい。(2010.08.13)

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