【メディアワークス】
『ダブルブリッド』

中村恵理加著 
第6回電撃ゲーム小説大賞金賞受賞作 



 人間と、人間以外の種族との混血、という設定は、現在この地球上に人間以外の、人間とよく似た外見をしている知的生物が存在しない以上、当然のことながら設定自体がファンタジーの要素をもったものではあるが、そこには絶えず人種問題と、混血児であるがゆえのアイデンティティの拠り所の問題が絡んでくるだろうことは、容易に想像できるはずである。一番わかりやすい例を挙げるなら、黒人と白人のあいだに今もなおわだかまる人種差別の問題であるが、そうしたメジャーなところを挙げるまでもなく、私たちはときに、同じ人間でありながら、肌や髪の色や言葉、あるいは生活習慣が違うという単純な理由で、そのすべてを否定しようとする臆病な一面をもっていることを知っている。

 黒人と白人のあいだに生まれた混血児は、言ってみればその存在自体が人種という壁を越えたひとつの象徴であり、それは新しい可能性の象徴でもあるのだが、混血という要素ゆえに、育つ環境によっては、自分が白人であるのか、あるいは黒人であるのか、というアイデンティティの拠り所で苦労することになるのも事実だ。もっとも、そのあたりの心理に関しては、自分が日本人であることを信じて疑わずに育った私には想像することしかできない問題であるが、だからこそであろうか、混血を主体とした作品というと、菊池秀行の『バンパイアハンターD』におけるダンピーノ(吸血鬼と人間のハーフ)をはじめとして、日本ではけっこうさまざまな作品が書かれているように思える。混血という設定は、人種差別とかいったリアルな問題を抜きにして考えれば、その存在自体が大きな物語性をはらんでいるのだ。

 本書『ダブルブリッド』の世界観は、私たちの生きる現実世界と大差はないが、ただひとつ、人間以外の知的生物が生きていて、その存在がなかば公認されている、という部分だけが大きく異なっている。特異遺伝子保有生物――通称「怪(あやかし)」と呼ばれる生き物たちは、日本では甲種と乙種とに区別され、人間と変わらない外見と知性を持つ甲種は法律によって保護され、日本国民として扱われている。片倉優樹はそんな怪と人間のあいだから生まれた、史上稀な混血児として、また公僕として乙種怪の捕縛などで人間に力を貸している。ただ、優樹は自分のことを「怪」と呼び、また周囲の人間も彼女のことを「怪」として扱い、その力をひどく恐れていた。その外見は、髪の毛が白髪であることを除けば、どう見ても十代の女の子にしか見えないのだが……。

 前述したとおり、人間と人間以外の知的生物の混血という設定は、けっこういろいろな物語で使われる要素であるが、その設定があるキャラクターの安易な個性づけのひとつとして使われることはあっても、物語のメインテーマとして活かしきっている作品は、じつはそれほど多くはない。そういう意味で、本書は「混血」というファクターを常に意識した物語構成が成されていると言える。優樹が混血児であるという事実が物語の中盤まで読者に隠されている、という点も、人間と怪との間にある異質な部分をより際立たせるための手段だと考えると、納得のいくものがある。

 物語のなかで、優樹はひょんなことからひとりの人間と行動を共にすることになる。「怪」を捕縛する特殊部隊「EAT」に所属する新人の山崎太一郎は、自身が属する組織とその使命に誇りを持ちすぎているがゆえに、優樹の「怪」としての思考の異質さがどうにも気に入らない。それはたとえば、物語の中で優樹がかなりスプラッタ的な傷を負っても、怪だからという理由でさほど気にしていないというポーズをとったりする点だったりするのだが、だからといって優樹が自分の体や命そのものを粗末にあつかっているわけでないことが、太一郎自身の洞察、あるいは優樹が直接語った言葉からばかりでなく、もっとさまざまな状況からおのずと察することができるようになっている。もっとも顕著なのは、優樹が戦うときは、怪に対しても、人間に対しても、けっして相手を殺さないようにしている、という点だろう。本書では純粋な怪がちょっとだけ登場するが、彼は人間を殺すことにまったく躊躇しないし、その理由も人間にはけっして理解できないたぐいのものだった。そして人間はといえば、同族どおしででも殺しあうことのできる生き物である。

 怪としての特異な能力を受け継ぎながら、しかし同時に人間の血も混じっている混血児――本書ではダブルブリッドと仮称されている優樹だが、周囲の人間は彼女の人間としての一面をけっして認めようとしない。法律でさえ、彼女を甲種怪とみなしている。そして怪たちは、彼女を怪としてのみ認めていた。そんな背景が少しずつあきらかになるにつれて、優樹がなかば否応なく、自分の人間としての部分を麻痺させて生きるしかなかったことに気がつくことになる。だが、だからといって優樹が完全な「怪」になりきれないのは、彼女が対峙する人間に対して、たとえその相手がどれだけ外道であっても、やはり殺すことに躊躇する、というところからもわかる。それどころか、人間に対して「怪」としての力をその片鱗でも振るうことさえ、ともするとためらってしまうようなところがある。それは、自身の力が、いかに人間離れしているかということを知っているからに他ならない。

 それまで「怪」は捕縛すべき対象でしかなかった太一郎は、優樹のそんな一面に触れて、少しずつ変わっていく。そしてそれは、人間に嫌われすぎたがゆえに、人間としての心を麻痺させてしまった優樹にとっても例外ではない。

 それでも、心の奥底では願わずにはいられない。自分を嫌わない、恐怖しない人間がいてほしいと。

 優樹と同じくダブルブリッドでありながら、その「怪」の力を人間を殺すことに用い、唯一の同族とも言うべき優樹に底知れぬ憎悪をむきだしにする高橋幸児の存在も含めて、本書はいろいろな意味であざとい部分がある。それも、確信犯的なあざとさだ。私たちは、優樹や高橋、太一郎、あるいはその他の人間や「怪」たちの行動や考え方に触れ、必然的に考えずにはいられなくなるのだ。

「人間とは何か」という命題に。そして、「自分とは何か」という命題にも。

 混血という、けっして目新しいものではないテーマに対して、ここまで真摯に、生真面目に、そして真正面からとらえた本書は、だからこそまぎれもない人間の物語として昇華された、と言える。多くの血と、多くの叫びと、多くの悲しみの果てに、優樹がつかんだものを、ぜひともたしかめてもらいたい。(2003.12.30)

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