【集英社】
『ドードー鳥の飼育』

薄井ゆうじ著 



 私たちが小説を読むとき、意識するしないにかかわらず、私たちが今生きている現実の世界の常識を小説の世界にもあてはめようとする。そして、小説の世界が現実の世界の常識とは異なっている場合、その論理的な理由を小説の中に求めようとする。SFなどは、理由づけのされた非現実世界の物語の典型的な例だろう。
 だが、小説のなかには非現実的な世界を書きながら、その理由づけがまったくされないまま物語が進んでいってしまうものがある。本書『ドードー鳥の飼育』に収められている短編集には、どれも現実の世界とはちょっと異なった、でもかなり奇妙な物語が収められている。

「ドードー鳥の飼育」――絶滅したドードー鳥の飼育係に選ばれた男の物語。他の人には見えているはずのドードー鳥が、男には見えない、という状況のなかで、おかしいのは自分なのか、それとも自分以外のすべてなのか、だんだんわからなくなっていく様子をさりげなく描いている。

「東京フラミンゴ」――都会で人間達とまじって働くフラミンゴの話。同じ現実世界の生き物でも、フラミンゴが人間のようにウェイターやサラリーマンをこなしている姿を想像するのは、かなり骨が折れた。

「箱女システム」――ひょんなことからコインロッカーの鍵を開けた男は、立方体の女につきまとわれるようになる。かなりシュールな話だが、この女とセックスできるだろうか、と考える男の思考はけっこう笑える。

「A級ハムサンド」――ハムや卵を買うのに何枚もの書類を書き、選考に通らなければならない世界のなかで、何を買うのが有意義な人生なのかを考える話。モノがあり余っている現代の日本への皮肉も混じっている。

「穴」――文字どおり、穴を掘る男の話。なぜ穴を掘るのか、ということよりも、「穴」という言葉を説明しようとするところが印象的だ。それにしても、穴をテーマにしてこんな物語を書けるとは、人間の想像力は計り知れないものがある。

「ぽ・先生」――不条理小説というよりも、はっきり言って理解不能な物語。この短編の意味を説明できる人、メールください。

「無人駅長」――死人を運ぶ幽霊列車を思わせる汽車が、最後にたどりつく無人駅。列車のなかで知り合った男と女は、いつかまた来るだろう列車を待つために無人駅で生活することになるが……。

「時間食い」――時間食い、という奇妙な動物を飼うことにしたある少年の話。読みすすめていくうちに、だんだん時間の流れがおかしくなっていくのに気づく。

「眠らない街」――十五歳以上の人間は冷凍睡眠に入らなければならなくなった世界の話。「未来少年コナン」を彷彿とさせるが、話としてはちょっとありきたりか。


 どの短編も、奇妙な状況に対する説明がどこにもなく、また登場人物たちもそのことをあたりまえのものとして受け入れ、そしてあたりまえのように生活している。最初は疑問を感じている場合もあるが、しばらくするとその世界に溶け込むように順応してしまい、その状況を疑問に思わなくなってしまう。何かが解決されたり、大きく変わったりすることのない本書の世界に、人によっては不満を持つかもしれない。
 だが、本書を読んで私はふと考える。もしかしたら、私たちの住むこの現実の世界にも、おかしな現象や奇妙な物事はあるのかもしれない、と。それはたんに、私たちが常識だと思いこんでいるだけであって、外から見ると、私たちの生活のなかにもおかしなものはたくさん存在するのかもしれない。そう考えると、本書の不条理な世界をたんなる作り話として一蹴するわけにはいかなくなってくる。

 本書の短編に出てくる人物、それは、私たち自身の別の姿を表現しているだけなのかもしれないのだ。(1999.02.15)

ホームへ