【講談社】
『DIVE!!』

森絵都著 



 中学生だった頃、私は陸上部の長距離選手として、1,500mや3,000mといった距離を走っていた。
 今にして思えば、1,500mや3,000mは長距離というよりは、むしろ中距離に属する競技だったのだが、それでも当時の私にとって、それはずいぶん長い距離であったことに変わりはなかった。走ること自体はけっして嫌いなわけではなかったが、とくに何かの才能に恵まれていたわけでも、ある競技に特異な適正があったわけでもなかった私は、いわば流れ着くような感じで長距離に落ち着いた、というのが正直なところだったように思う。

 そんなわけで、けっきょく大きな大会に出ることも、たいした記録を残すこともなく終わった3年間であったし、そういう意味ではただ長い距離を走らされただけの部活動だったと言えなくもない。じっさい、なんでこんな苦しい思いをしてまで走らなければならないのかと思ったことも一度や二度ではないのだが、それでもなお走り続けていくことができたのは、同じように長距離を走った仲間たちの存在が大きかったのだろうと今では思う。すごい才能を秘めていた者、生真面目に練習に取り組んでいた者、どこかひょうきんなところがあった者――陸上は基本的に孤独な競技であるし、そういうところが魅力のスポーツでもあるのだか、たとえ走ることの爽快感や、自分の限界が少しずつ伸びていくことへの充実感があっても、自分ひとりの力で走り続けるのは、やはり難しかっただろう。顧問の先生や先輩、後輩、そして同級の仲間たちがいたということが、当時の私が走るということに、大きな影響をおよぼしていた。そしてそれは、当人が思う以上に大切な、なにものにも代えがたいものでもあった。

 より速く、より高く、より遠く――人間が、おのれの体ひとつを武器に限界へと挑戦し、それを乗り越えていく姿は、きわめてシンプルだが、それだけに震えがくるほど美しい。本書『DIVE!!』は、飛込みという、おそらく水泳競技のなかではマイナーな部類に入るであろうスポーツを題材とした作品である。マイナーという意味では、たとえば競歩というマイナーな陸上競技を扱った、引間徹の『19分25秒』と狙いとしては類似している部分があるのはたしかであるが、後者がひたすら孤高を目指すシブい男の物語であるのに対して、本書の場合、選手の秘めたる才能を見出す熱血コーチの存在や、お互いの技を競い合う良きライバルのと戦いなど、典型的なスポ根小説であり、またひとつのことに真剣にとりくむ少年たちの精神的成長を描いたという意味では、典型的な青春小説でもあるのが大きな違いだと言える。そして、この物語がもつ底知れぬ魅力は、こうした「スポ根」「青春」という要素が、ほぼ完璧といっていいほどの「爽やかさ」と結びついている、という一点に尽きる。

 本書は全部で4巻のシリーズものであるが、シリーズを通して一貫しているストーリーは、主人公の少年たちが所属しているミズキダイビングクラブ(MDC)――現在、経営不振で存続の危機をむかえているクラブが、はたして今度のオリンピックで代表選手を送り出すという難しい条件をクリアして、クラブを存続させることができるのか、というものである。MDC創設者の孫娘であり、若手ながらすぐれた飛込みコーチとしての才能をもってこのクラブにやってきた麻木夏陽子は、そこでふたりの逸材を、さらに遠い津軽の海からもうひとりの逸材を見出した。この3人ならオリンピックも夢ではない、MDCを守ることができる――本シリーズの1〜3巻は、それぞれ夏陽子に才能を見出された三人の少年、坂井知季、沖津飛沫、冨士谷要一が中心人物となって物語を引っ張っていき、最後の4巻でオリンピック代表の座をかけた、言うなればドリームマッチの行方、そしてMDCやそこにかかわる人たちのさまざまな思いが交錯する大団円へとなだれ込んでいくことになる。

「――でも、少なくとも今の私は自由で、自分の好きなことに打ちこめる環境にある。人生のなかでこんな時期って意外と短いんじゃないかしら。最近思うのよね。この貴重な時間をあの子たちと一緒に完全燃焼させたい。今はただそれだけよ」

 クラブの存続、日水連の思惑、オリンピックという、表向き健全であるはずの世界の裏にある、大人たちのさまざまな打算――本書の最大の魅力が「爽やかさ」にあると私は前述したが、その題材となっているものは、けっして爽やかなものばかりではない。じっさい、夏陽子にはクラブの存続という、きわめて現実的な目的があるし、日本の飛込みにおける初のメダルのために執念を燃やす日水連の会長といった、老獪な人物も登場する。そして、飛込み選手としてひたすら練習に明け暮れる少年たちも、けっして純真なわけではない。

 何をやっても中途半端で、でも自分から飛込みをとってしまったら何も残らないことへの怯えから逃れられず、それがたぐいまれなる才能をくもらせてしまっている知季。
 かつて天才とうたわれたダイバーでありながら、さまざまな不運のために結果を残すことのできなかった祖父の呪縛にとらわれたまま、まるで憎しみや悔しさを叩きつけるようにして海へのダイブにこだわりつづける飛沫。
 両親ともオリンピック選手という血統書つきのダイバーで、誰よりもオリンピックを夢みていながら、そんな思いとはまったく次元の異なるところで何もかも決定していく大人たちのやりかたに、どうしても納得できずにいる要一。

 だが、これら強烈な個性をもつ彼らは、飛込みという、わずか1.4秒の空中演技をつうじて、それぞれが抱える心の問題に自分なりの決着をつけ、ひとまわりもふたまわりも大きくなって前へ進んでいく。その成長の様子が、本書では具体的な形となって読者の前に現われてくる。前人未到の四回半、ただ飛ぶだけで見るものを惹きつけるスワンダイブ、過去のトラウマを克服するために自ら名づけたSSスペシャル‘99――それぞれがもつ才能を現出させる、まさに彼らにしかできないこれらの技を、はたして完成させることができるのか? そこへと到る苦悩や葛藤も含めて、本書には読む者を熱くさせるものが溢れている。そしてその熱は、しだいに麻木コーチをはじめ、多くの大人たちにまで伝播していく。

「――いろんなところにジャッジがいてさ、こうすればいい人生が送れる、みたいな模範演技があって、うまく言えないけどおれ、そういうのを飛込みで越えたくて……。試合で勝つとか、満点をもらうとか、そんなんじゃないんだよ。もっと自分だけの、最高の、突きぬけた瞬間がいつかくる。そういうの信じて飛んでるんだ」

 森絵都というと、たとえば『つきのふね』などに代表される、思春期特有の微妙な心の動きを描くことにすぐれた作家であるが、本書においてもその繊細さは健在だ。そして、ひとつの技をさらに極めていくために、その他のさまざまな楽しみを犠牲にしてまで取り組んでいった少年たちがつかんだ、はるかな高み――飛込みという競技の奥深さを示しただけでなく、ひとつの物語としても、本書はそれまでの著者のもっていた枠を突きぬけていくだけの爽快さを獲得した、素晴らしい作品だと断言する。(2004.04.01)

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