【東京創元社】
『囚われちゃったお姫さま』

パトリシア・C・リーデ著/田中亜希子訳 



「囚われた」ではなく、「囚われちゃった」――本来のタイトルである「DEALING WITH DRAGONS」(直訳すれば「ドラゴンとの取引」)を大きく意訳したこの語感の転調ぶりこそが、今回紹介する本書『囚われちゃったお姫さま』の大きな特長だと言うことができる。というのも、本書の主人公であるシモリーンは、王国の姫でありながら自分からドラゴンのところに出向き、「囚われの姫」にしてほしいと申し出てしまう、一風変わった性格の姫であるからだ。

「そ。退屈。わたしはいろんなことがしたいの! 一日じゅう座って、吟遊詩人が作る、お父さまの勇敢さや、お母さまやその娘たちの美しさをたたえる歌を聞いているだけなんて、うんざり」

 ドラゴンといえば、高価な宝物を貯めこみ、また美しい姫をさらって閉じ込める悪者――というのが、西洋ファンタジーの王道であるのだが、そうしたファンタジーの王道が社会の常識として適用されているのが、本書の世界観である。とくに、シモリーンのいるリンダーウォールという王国では、騎士たちがモーニング山脈に住むドラゴンに戦いを挑むのが恒例となるようなお国柄であり、王国の姫として生まれたからには、いかにファンタジー世界のお姫さまとして振舞うかがステータスとなるようなところがある。たとえば、巨人にさらわれたさい、どのくらいの声の大きさで悲鳴をあげるか、といったことが、姫の礼儀作法となるような世界である。

 騎士は騎士らしく、姫は姫らしく――人間ひとりひとりの個性よりも、自分に与えられた職業や役割にいかにふさわしく振舞うかが、その人の価値を左右する世界において、王国の末の姫として生まれたシモリーンは、自身の姫としての役割をまっとうすることにどうしてもなじめずにいる。それは、彼女のさかんな好奇心のなせる業であり、隙あれば剣術や魔法をこっそり勉強したり、ラテン語の読み書きを教えてもらったりと、その世界においては「姫らしくない」と言われることばかり手を出している。そんな彼女のふるまいは、当然のごとく王国にとって頭痛の種となっているのだが、彼女にとっては、姫としてのふるまい以外のことを大きく制限されるということそのものが不満なのだ。

 さて、ある意味で王道ファンタジーのコミカルなアンチテーゼとして成立している本書では、ファンタジーの王道を意識したうえで、あえてその王道をはずれるような展開を愉快に描いていくところに面白みがある。シモリーンが隣国の王子との婚約から逃げるため、わざわざドラゴンのところに出向いて「囚われの姫」に立候補するという展開は、その最たるものであるが、その後、その王子が例によって救出にやってきたときも、余計なことはするなとばかりに追い返してしまうという徹底ぶりだ。シモリーン以外にも、たとえば彼女を囚われの姫にしたメスのドラゴンのカズールは、甘いものが好きだったりと妙に人間くさいところがあったりするし、魔女や魔法使いも登場するが、彼らも人々に怖れられているような王道的なところからは少しはずれたところにいて、逆に親しみがもてたりする。

 本書を読んでいくとわかってくるのだが、じつのところドラゴンたちにしても、人間たちと同じようにさまざまな規則や約束事に縛られていたり、なんらかのステータスへのこだわりがあったりするし、魔法使いのきな臭い動きに警戒したりといった問題をかかえていたりする。「囚われの姫」にしても、ドラゴンたちにとってはたんなる「名誉」以外にとくにメリットのない――今となってはもはや主流ではなくなっている制度のようなものと化している。とはいえ、その名誉にこだわるドラゴンもいれば、仲間への体面の問題を妙に気にするジンがいたりもする。ファンタジー世界を舞台とした本書ではあるが、ファンタジーの要素としては不可欠のはずの「不思議」が、「不思議」ではなく知識のひとつ、たんに知らないだけのこととして成立しているのも、本書の大きな特長のひとつと言える。

 だからこそ、自分の知らないことに並々ならぬ興味を示すシモリーンが活躍できる場が生じることになる。そして逆に、彼女にお姫さまとしての振る舞いを要求する者たちの口癖として、ある意味慣用句的なものとなっているのが、「まちがっている」という言葉である。だが、それがなぜなのかと問いかけるシモリーンに、論理的な答えを返せる者はいない。

「どうして?」
「それは……その、姫として、とにかく、まちがっておるからだ」

「囚われの姫」としてドラゴンとともに暮らすというのは、よくよく考えれば姫として王宮で暮らすこととさほど変わらないはずのことである。なんといっても、ドラゴンに囚われているのだ。自由は制限されるし、やらなければならないことも多い。にもかかわらず、シモリーンがカズールとうまくやっていけたのは、カズールが彼女をひとりの人格ある個人として認めているからに他ならない。カズールがシモリーンに何かをさせるときは、必ず納得のいく理由があり、何かを禁止するさいにも、その理由を説明する。もしシモリーンが王道的な姫――ただ王子や騎士の助けを待つしか能のない姫であったら、彼女を「囚われの姫」になどしなかったに違いない。そういう雰囲気が、本書を読んでいくにつれて自然とわかってくる。

 けっしてただのお飾りではない変わった姫と、そんな彼女を名誉とかに関係なく、役に立つからこそ重宝する変わったドラゴンが、はたしてこれからどんな活躍を見せてくれるのか、続きが楽しみな作品である。(2011.12.05)

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