【光文社】
『黒豹伝説』

門田泰明著 

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 素手で瓦二十枚を叩き割るその豪腕から繰り出される、一撃必殺のゴッドアームで、どんな強敵をも粉砕する男。最新鋭の武器を自由自在に操り、野生の本能と不屈の精神、たぐい稀なる戦闘能力と冷静な判断力を兼ね備えながらも、女や子供といった弱者に対する思いやりの心をけっして忘れない男。年間十二億という資金を積み立てて日本政府がつくり出した最強の秘密捜査官であり、「黒豹」の異名で世界じゅうの秘密情報機関から恐れられている男――このジェームズ・ボンドも真っ青の人物設定をまのあたりにして、私は思う。「黒豹」は、かつての日本が抱いていた理想そのものなのだ、と。そして、もし彼がこの世に実在していたなら、おそらく日本はもう少しマシな方向に向かっていたのではないだろうか、と。

 本書『黒豹伝説』は、「黒豹」こと黒木豹介という超人が活躍する「黒豹全集」シリーズの第六巻目にあたる作品である。東北地方を突如襲った大地震――偶然盛岡に居合わせていた黒木は、その目で北上川の川幅が広がっていくという異様な光景を目にすることになる。地震はその後も、まるで東北地方を狙いすましたかのように襲い、そのたびに北上川、雄物川の幅が広がり、ついには奥羽山脈を真っ二つにしてしまった。ことの重大さに気づいた黒木が調査を進めたところ、どうやら海底で行なわれた地下核爆発が原因であることが判明する。そして、その地震の陰に見え隠れする怪しい人物――かつてないほど巨大な組織に対する、黒木の戦いが始まった……!

 マントル層の放射性エネルギーを操って地震を引き起こす自然現象発生兵器、日本列島分断の危機、そして潜水能力を有する、島を模した巨大要塞――まるでひと昔前のロボットアニメを見ているかのような、あまりにスケールが大きすぎてかえって滑稽でさえある設定のなかで、無敵のパワーを誇る黒木と、そんな彼を全面的にサポートする美人秘書の高浜沙霧の名コンビが、絶対不可能と思える任務を遂行していく。鋭い駆け引きがあり、激しい肉弾戦があり、ヒュイコブラが飛び、ミサイルが打ち込まれ、マシンガンが火を吹き、血しぶきが舞う。もちろん、沙霧との濃厚なラブシーンもある。そして何より日本を動かす重鎮に絶対の信頼を置かれ、超法規的行為も許される黒木が縦横無尽に駆け巡る姿は、悔しいが胸のすくような光景である。それは小さい頃に見たロボットアニメで、正義のロボットが必殺技で敵のロボットを粉砕するときに覚えた興奮とよく似ている。

 改行が多すぎる、文章が稚拙(とくに擬音が多い。ドドドドーンとか)、必要ないような会話が多いなど、本書のアラを探すのは、さほど難しいことではない。だが、経済的には豊かになったものの、今もなお「アメリカに国土を守ってもらっている」日本という立場、そして今でこそアジアの文化が見直されてきているものの、本書が書かれた時期の、欧米文化や白人、英語に対するコンプレックスなどを考えたとき、白人や黒人を完膚なきまでに叩きのめし、世界じゅうに一目を置かれる「黒豹」の存在は、冒頭でも触れたとおり、日本という国の、そして当時の日本人のあこがれであり、理想の結晶なのではないか、という考えが浮かぶ。そう、「黒豹」は、日本という国への誇りを持てないままここまで来てしまった日本人の理想として、生まれるべくして生まれてきたのだと言える。

 現代はヒーロー不在の時代である。スーパーマンやジェームズ・ボンド、そして「黒豹」といった超人的ヒーローではなく、例えば「エヴァンゲリオン」のシンジのような、等身大に限りなく近いヒーロー(?)が受け入れられるこの現代において、本書はあるいは、時代遅れの産物なのかもしれない。だが、本書に含まれる大胆な発想、そして、その発想をあえて小説という形で表現しようと試みた著者のバイタリティーには、ある意味で感服すべきものを感じてしまう。なお「黒豹全集」は全部で26巻あるのだが、あまりの強さを誇る黒木に対して、敵も超国家的宗教団体やら超人類やら、思わずのけぞってしまいそうな強敵が次々と待ち構えているようである。そんな本書に対して、あえてエールを送る。
「がんばれ黒豹、負けるな黒豹、この世界に平和を取り戻す、その日まで!」(1999.08.26)

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