【金の星社】
『ドラゴンキーパー』
−最後の宮廷龍−

キャロル・ウィルキンソン著/もきかずこ訳 

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 自分が何者で、この世で何をなすべきか、という命題は、自我をもってしまった人間特有の悩みであるが、その探求が人間にとって幸福なのか不幸なのかはともかくとして、そうした選択の余地すら与えられていない状態は、少なくとも人として幸福であると言いがたいことだけはたしかだ。地上の多くの生き物は、自然の摂理に囚われている。そこに個という概念はかぎりなく希薄であり、あるのは自身の種の存続をいかにしてはたすかという大雑把な流れでしかない。だが、個の概念を知ってしまった私たちは、自身の生のなかに種の存続以上の意味合いを求めずにはいられないし、それが他ならぬ自分が自分であることの探求にもつながっていく。

 人はどのように生まれてくるかを選ぶことはできない。だが、この世に生を受けてからどのように生きていくかを選ぶことはできる。だからこそ、私たちの生はたんなる生ではなく、人として生きることを示す「人生」となる。今回紹介する本書『ドラゴンキーパー−最後の宮廷龍−』における、主人公の女の子のたどってきた軌跡を追っていると、ふとそうしたことを考えずにはいられなくなる。

「フアも皇帝さまと同じくらい重いってこと?」
「いかにも。だれもが存在するがゆえに、大きな価値を持つ」

 本書のタイトルになっている「ドラゴンキーパー」、龍守りというのは、中国の宮廷に飼われている龍を世話し、守護する役目をあたえられた者のこと。かつて龍と龍守りは人々の尊敬を集め、最初の皇帝は美しい庭園に龍を放し飼いにしてその権威を誇っていた。だが、本書の舞台となる前漢の時代における時の皇帝は龍を嫌い、長安をはるか離れた帝国のはずれ、黄陵の離宮にやっかい払いしてしまう。そして主人公の女の子が、龍守りであるランの奴隷としてこき使われていた頃には、地下の穴倉に閉じ込められた龍はたった二匹だけになっていた。

 物心ついたころには両親に売り払われ、荒涼とした大地の広がる黄陵しか知らない少女が、やがて自らがドラゴンキーパーとしての役目を負い、力強く成長していく姿を描いた物語――それが本書のメインテーマであるが、その大きな特長のひとつとして、けっして目新しいわけではない成長と自立のテーマを演出するための設定や展開の巧みさというのがある。たとえば主人公の少女であるが、物語のはじまりには名前さえもっていない状態である。読み書きはもちろん、数も十までしか数えられず、たったひとりの友だちはネズミのフアだけという、これでもかというくらい無力な奴隷の女の子でしかない。そして彼女が後に目指すことになる龍守りとしてのランは、しかし昼間から酒びたりでろくに龍の世話もせず、そのいっさいを少女に押しつけているという有様だ。

 ドラゴンという想像上の生き物、とくに東洋の龍といえば、西洋のそれとは異なり、「神獣」と呼ばれる神聖な存在であり、また人智を超えた力を振るい、ときには国の栄枯盛衰すら左右するほどの畏怖すべき対象であるが、本書に登場する龍は、たしかに人の姿に化けたり、空を飛んだりはするものの、鉄や植物のセンダンといった弱点も多く、けっして無敵の力を振るうというわけではない。じっさい、死んでしまった龍の体がランの手で解体されてしまったり、そのさまざまな部位が高価な宝物である龍をつけねらうドラゴンハンターを職とする者も登場する。そして宮廷に最後に残された龍のロン・ダンザはすでに老齢で、弱体化してしまっている。

 皇帝の所有物であるはずの龍を長年ないがしろにしてきた事実を露呈されたランは、奴隷の少女を妖術師にしたてあげ、すべての罪を彼女になすりつける。そのとき、わずかに龍の話し声を聞くことができるだけで、自身の置かれた境遇もほとんどわからない少女は、なしくずし的に龍のダンザとともに宮廷を脱出し、逃亡の旅に出ることになってしまう。しかも、ダンザは自由の身になったにもかかわらず、少女から離れるどころかしきりに彼女の心に干渉し、自身の大切な持ち物である玉を預け、ともに海を目指さなければならないと説いてくる。

 はたして、龍のもつ不思議な玉は何なのか、なぜ海を目指さなければならないのか――このあたりの疑問は少女にとっての謎であると同時に、私たち読者の謎でもある。逆に言えば、ダンザは安易に自身の目的を教えるだけではわからない何かを――具体的には、ドラゴンキーパーとしてあるべき姿とはたすべき使命を彼女に自覚させようとしているわけだが、それまでなすべきことはおろか、自身が何者なのかという意識すらもてない境遇にいた少女にとって、その転換はけっして容易なものではない。それはおそらく、天地がひっくりかえるに匹敵する出来事であるはずだ。そんな少女――ピンという名の少女の心の揺れ動きが、物語における数々の冒険劇と見事に絡み合い、読者を惹きつけずにはいられない。

 黄陵にいたころ、ピンが願ってやまなかったことがひとつあった。――(中略)――ピンが望んだのは、なんでも話せるほんとうの友だちがほしい、ということだった。

 それがまさか龍であろうとは、と引用は続くのだが、それまでの奴隷としての身から自由となったピンは、しだいに自分が何者で、何を望んでいるのかをしばしば模索していく。だが、その模索の道筋はとても細く、すべては手探り状態だ。手の内にあるのは、年老いた龍と不思議な玉、そしてちっぽけなネズミのフアと、世のなかを渡るにはあまりに乏しい知識と経験――龍狩りや死霊使いといった大きな敵の目を逃れ、あるいはその小さな力で立ち向かいながら、龍とともにつづく旅のはてに、はたしてピンは何を見出すことになるのか、ぜひともたしかめてもらいたい。(2011.12.12)

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