【早川書房】
『死の蔵書』

ジョン・ダニング著/宮脇孝雄訳 



 この書評サイトに立ち寄ってくれた人の大半は、おそらく「本好き」と呼ばれているような方々――たとえそうでなかったとしても、本に関するなんらかの情報を求めている方々だろうと推測する。ところでこの「本好き」という言葉には、二種類の意味がある。ひとつは、本に書かれている内容や物語そのものを愛する人々、という意味で、私などもどちらかといえばこちらの部類の人間にあてはまる。彼らにとっては内容こそが重要であり、それが紙媒体だろうと、それ以外の媒体だろうと大して意味を持たない。そして一度読み終わった本は、よほどのお気に入りでないかぎり、再読することはなく、読まれた本の大半は古本屋で叩き売られるか、あるいは捨てられたり人にあげたりされることになる。彼らにとってのステータスは、「本」そのものではなく、「その作品は読んだ」という事実なのである。

 一方、本という媒体そのものを愛する人々、という意味で「本好き」と呼ぶ場合もある。彼らにとっては本の内容もさることながら、本を買うこと、そして買ってきた本が本棚に並んでいく様子が重要であり、それゆえに読まれない本、積読本が山のようにたまっていくことになるのだが、これが嵩じて稀覯本などのコレクターに変ずることがある。有名な作家の初版本や限定本、発禁になった本やサイン入りの本など、とにかく珍しくて価値のありそうな本を収集する――それこそが彼らのステータスとなるのである。

 本書『死の蔵書』には、古本の掘出し屋、という職業が登場する。雑貨屋やガレージ・セールの、一山いくらの屑本のなかから宝物のような本を探し出し、古本屋に高く売りつけるというのが仕事で、ほとんどの場合は二束三文にしかならないが、ごくたまに、一冊が何千ドルにもなるという文字どおりの「お宝」を掘り出すこともあり、まさに一攫千金を狙って西部の開拓地へ向かったかつての先祖たち同様、一部の人達にとっては夢を揺さぶられる職業であることに間違いはない。もっとも、掘出し屋のほとんどは、まさにゴミをあさる浮浪者同然の生活を余儀なくされている、というのが現実らしいが。

 その掘出し屋のひとりであるボビーが、何者かに後頭部を殴られて死亡するという事件が起きた。担当となったデンヴァー警察殺人課に所属するクリフォート・ジェーンウェイは、これまでに何度か起きている、浮浪者ばかりを狙った無差別連続殺人事件の犯人を追っていた。クリフが犯人だとほぼ断定している男、ジャッキー・ニュートンは、優れた事業家でありながら、その性格は乱暴で自己中心的であり、自分と異なる価値観を持つ人間をひとり残らず憎んでいた。そして、一度は彼を逮捕する直前まで追い詰めながら、けっきょくは釈放しなければならなかったという過去をもつクリフは、さらにジャッキーのことを憎み、彼が困ることなら何でもやってやろうとさえ思っていた。元ボクシング選手で度胸もあるクリフは、たしかに警官として優秀ではあった。だが、人間の負の感情と常に向き合い、執拗にジャッキーを追いまわす今の生活に、クリフはほとほと疲れてもいた。

 そんな彼の心のよりどころは、意外なことに本の収集にあった。アパートの壁という壁を埋めつくさんばかりの本のコレクション、しかも屑本ではなく値打ちのある本を買い求めるクリフは、優秀な警官であると同時に、優秀な本の目利きでもあったのだ。「一日に二人の男を殺したことがあったが、この部屋に入るとたちまち心の傷が癒えた」という言葉からも、クリフの本に対する並々ならぬ熱意が解ることだろう。

 ボビーを殺したのは、ほんとうにジャッキーなのか? だが、調査を続けていくうちに、たんなる無差別殺人とは様相が異なってくるのにクリフは気づくことになる。殺される直前に、これまでにない大きな取引があることをほのめかしていたこと、無免許であるにもかかわらず、トラックを無理やりレンタルしてどこかへ出かけていたこと、そして彼の部屋に残されていた、およそ掘出し屋には不釣合いな稀覯本の数々――ボビーはもしかして、一生に一度の大きな宝物を掘り当て、それゆえに殺されたのではないか、という推測は、イースト・コールファックス通りにある書店街で聞きこみをつづけるクリフにとって、やがて確信へと変わっていく。
 だが、捜査は思うように進展しないまま、ある日クリフは、自分の人生を大きく変えてしまう事件を引き起こしてしまう……。

 古本屋というのは、普通の書店にはない独特の雰囲気と魅力がある。私が学生だった頃は、東京の西早稲田にある古本屋通りがまさに私のフィールドだった。古本屋のメッカというと、神田の古本街が有名だが、そこもまた学生の町にふさわしく、じつに様々な古本屋が今も軒を連ねていて、一軒一軒得意としている本のジャンルが異なっているのが当時の私にはひどく新鮮だったのを憶えている。そのうち、本好きな学生たちはどういう本がどこの古本屋にあるのかを把握し、もしかしたら掘り出し物があるかもしれない、と足繁く通うようになるのだが、そうした古本屋巡りの楽しみを知っている人にとって、イースト・コールファックス通りにある書店街、そこで古書を相手に商売している人たちの目の輝き、数多く登場する本のタイトル、店にやってくる掘出し屋との取引など、まさに「古書の世界」を余すことなく描ききった本書の魅力から逃れることは難しい。実際、事件の捜査を経て今まで以上に古本屋との結びつきが強くなってしまったクリフは、物語の途中で十年勤めていた警察をやめ、古本屋に転身してしまうのだから、その力は相当なものだと言えるだろう。

 まるで水を得た魚のように、生き生きと商売をはじめるクリフ、それまでとんと縁のなかった稀覯本との出会い、自分だけの店――だが、ボビーを殺した事件とクリフとの因縁は、けっして断ち切れたわけではなかったのだ……。はたして、ボビーを殺したのは誰なのか、そして、彼がつかんだ一生に一度の宝物、そしてそれゆえに殺されなければならなかった蔵書とは、どういうものだったのか?

 私の学生時代の友人は、ある古本屋で佐藤春夫の新品同様の全集――しかも、今はもう潰れてしまって存在しない出版社から刊行された全集をある古本屋で見つけた、と興奮気味に喋っていたのを憶えている。全巻で何十万という値段のついていたその全集を友人が買ったのかどうかはさだかではないが、切手やコインなどと同じく、古書もまた、コレクションの対象として、大きな魅力を秘めているものらしい。そんな古書こそが真の主人公とも言える、今だかつてなかった「古書ミステリー」の世界を、そして古書を中心にして繰り広げられる、本に書かれた虚構の世界に負けずとも劣らない、人間たちの悲喜劇のありさまを、存分に味わってもらいたいものである。(2000.10.26)

ホームへ