【光文社】
『カレーライスは知っていた』

愛川晶著 



 突然だが、この書評をお読みの皆さんはカレーライスは好きだろうか。

 いや、まあ今回紹介する本のタイトルを見れば、ぶっちゃけ突然でも何でもない、下手をすればかなりひねりのない出だしだとお叱りを受けるかもしれないのだが、とりあえず話だけでも聞いてほしい。

 現在もなおお嫁さん候補を見つけることができず、独身街道まっしぐらの私がほぼ毎日――少なくとも朝と晩については自炊をし、お昼についても隔日くらいのペースで弁当を持参していることは知る人ぞ知ることであり、私もまたそれなりに料理については人並みのものはあるだろうという自負もあるのだが、なかでも私が凄いと思ってしまうのが、カレーライスという料理である。何しろ、大抵の食材がカレーの材料として成り立ってしまうのだ。たとえばビーフカレーであるとかシーフードカレーであるとかいったものは定番中の定番ではあるが、ナスやほうれん草を入れても、シーチキンを使っても、さらには納豆でさえも(!)、とりあえずカレールーという魔法さえ加えればカレーライスになってしまうのである。以前、大量に買い込んだ白菜の処分に困った私が、豚のひき肉とあわせてカレーをつくってみたところ、これが意外とうまく出来てしまい、まんまとレパートリーのひとつになってしまったという経緯もある。

 ともかく鍋とともに、およそカレーライスという料理ほどその種類が豊富で、やりようによってはいくらでもバリエーションを広げることのできるものはない、という確信が私にはある。それこそカレー粉さえ買っておけば、大抵の料理は「カレー味」という新境地へと到達してしまうのだ。加えて言えば、カレーライスは国民的にも愛されている家庭料理であり、さらに初心者でも比較的簡単につくることのできる一方で、その気になればいくらでも手の込んだものをつくることもできる。で、今回紹介する本書『カレーライスは知っていた』であるが、この作品を例えるなら、まさに「ミステリー」という名のカレーを使ったレシピ集、といったところなのだ。つまり、ミステリー初心者でも、あるいはコアな本格ミステリーファンでも充分に堪能できる要素を、あますところなく押さえている作品、ということである。

 さて、本書は表題作を含む六つの短編を収めた作品集であり、また副題として「美少女代理探偵の事件簿」とあるように、ある事件が発生し、その謎を探偵役となった人物が解決へと導くという本格ミステリーでもある。そう、今までありそうで、しかし本格ミステリーの探偵役としてはあまりにも荷の重すぎるがゆえに敬遠されがちであった、十代の美少女探偵――しかし、本書にはたしかに現役女子高生でありながら、類まれな洞察力と博識で事件を推理する女の子、根津愛が登場し、しっかり事件を解決してしまう。常識的には、普通の女子高生にすぎない彼女が殺人事件にかかわるような状況はありえないのだが、彼女の父親である根津信三が元宮城県警所属の刑事で、しかも全国的にも名を馳せた腕利きだったこともあって、引退した後も捜査が行き詰った事件があると、かつての同僚が彼の意見を聞きに来ることがある。愛が事件にかかわるのは、父が不在であるときに、父に代わって事件の謎を解くという展開になるからであり、だからこその「代理」という表現なのだ。

 つまり、本書における真の探偵はあくまで根津信三であり、娘である愛は代理の探偵である、という位置づけが、他のミステリーとは一線を画している点だとも言える。そのことを象徴するかのように、本書に収められた作品のうち、根津信三がまだ現役の刑事だった時期の作品である表題作の「カレーライスは知っていた」と「納豆殺人事件」については、探偵役は根津信三本人が勤め、彼が現役を退き、愛が高校生になった時期の事件については、根津愛が探偵役をはたしている。ふつう、思春期という、精神的にも経験的にも未熟な部分の多い時期にある人物が探偵役をつとめるのは、どこかで不具合が生じることが多いのだが、本書の場合、根津信三という人物の存在が、そうした不具合を払拭する役割をはたし、見事「美少女代理探偵」という存在を違和感なく確立してしまった。

 このように、探偵役となる人物が時と場合によって入れ替わっていく、というのもずいぶんと珍しいケースなのだが、それ以上に本書では、本格ミステリーであることを強調するような事件を取り上げていく。殺害現場のマンションに残されていたカレーの鍋、納豆嫌いで有名だった被害者の胃から出てきた大量の納豆、犯人が盗んでいったと思われる七つのコロッケと、現場に残された三つの特大コロッケ――本書はともすると、血なまぐさく非日常的な殺人事件であるにもかかわらず、そうした部分を払拭してあまりある不可解極まりない状況を用意し、さらには古き良き推理小説を踏襲した「読者への挑戦状」を突きつけ、読者にも謎解きに参加してもらおうとする。そしてもちろん、読者はその挑戦に乗ってもいいし、そのまま読み進めていってもかまわない。いずれにしても、信三や愛の一気に飛躍してしまった謎解きにいたるプロセスをなぞるときの、しっかりとした論理によって整合性をつけてしまうその手腕に感嘆せずにはいられないのだから。

 まったく人間の感覚なんて、いいかげんなものだと思いますよ。――(中略)――最初からまるで常識外れの事態がもち上がると、自分の正常な感覚そのものが信用できなくなってしまうのですから。

(『カレーライスは知っていた』より)

 本格ミステリーとしては正統派である表題作のようなものもあれば、「刑事コロンボ」の流れをくむ、はじめから犯人がわかっている「コロッケの密室」のような作品もあり、さらには死者の出ることのないいわゆる「日常の謎」をあつかった「スケートおじさん」や、ぶっちゃけミステリーとはまったく関係のない、根津愛の趣味的な「ネコマンガ」など、冒頭でも述べたように、まさにミステリーのオンパレードというべき作品として仕上がっているのが本書である。とにかく、根津信三による「あとがき」にいたるまで油断のできない内容なのだが、あるいは本書の最大の謎は、じっさいにネット上にホームページをもち、紹介されたアドレスに行けば会うことのできる根津愛という人物が、はたして実在の人物であるのか、という点なのかもしれない。その部分もふくめて、ぜひとも本書を心ゆくまで楽しんでもらいたい。(2007.03.31)

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