【早川書房】
『クリプトノミコン』

ニール・スティーヴンスン著/中原尚哉訳 



 あなたはクロスワードパズルは得意だろうか。紙面上を埋め尽くす多くのマスの中に、タテ、ヨコそれぞれのヒントをもとに言葉をあてはめていき、最終的にそのパズルのなかに隠された言葉を探り出すというクロスワードパズルは、ちょっとした頭の体操になるだけでなく、これまで知らなかった一般常識や語彙に触れることができるという意味で、私も新聞などに載っているとついつい挑戦してしまうのだが、このクロスワードパズルの面白いところは、しばしばタテのワードとヨコのワードがクロスしている部分があり、それゆえにある程度マスを埋めていくと、それぞれのヒントと文字数以外に、そのクロスしているマスの文字もまた重要なヒントとなっていくという点である。このクロスしている部分の文字がきっかけで、パズルが大きく進展していくという展開が、クロスワードパズルではしばしば起きてくる。

 ところで、このクロスワードパズルの最終目的は、無数の言葉のなかに隠されたたったひとつのワードを探り出すことであり、そのためには該当するワクの部分を埋めていくしかないのだが、この、多くの無秩序な言葉のなかにある情報を隠蔽するというクロスワードパズルの特性は、ある種の暗号にも通じるものがあると言える。現在ではeメールをはじめとして、ビジネス上の重要なデータのやりとりにも使われるようになっている、安価で誰にでも開かれたインターネットの世界において、悪意の第三者によって情報が盗まれたり改ざんされたりするのを防ぐためにも、データの暗号化技術は必要不可欠なものとなっているが、どれだけ強力な暗号化技術をもちいても、情報を届けるべきしかるべき相手がその暗号を復号できなければ何の意味もないのもたしかで、けっきょくのところ、データの暗号化は常にその利便性との兼ね合いが問題になってくるものだ。

 ある情報を特定の相手に確実に届けたい、しかしその情報は、特定の相手以外にはけっして知られたくない――クロスワードパズルにおいて、そこに隠された言葉が誰ひとりわからなければ、それはもはやクロスワードパズルと呼ばれないのと同じように、暗号もまた、誰かに復号されることが前提であることを考えたとき、重要なのは、じつは暗号化技術そのものではなく、むしろ情報を伝えていくことにこそあるのではないか。本書『クリプトノミコン』という、全四冊にもなる長大な物語を読み終えたときに、私がまず感じたのはそうしたことである。

 本書の物語構造は、ふたつの時代をまたがって展開していくという形をとっている。ひとつは、第二次世界大戦の時期を舞台とした物語で、ローレンス・プリチャード・ウォーターハウスという青年が、その数学的才能、とくに、無秩序な物事からある特定の法則や数式を導き出すという才能ゆえにアメリカ軍の暗号解読部門に配属され、まさに情報戦という形で戦争に関与していくさまを描いたもの。もうひとつは現代を舞台とした物語で、ネットワーク技術者でありパソコンおたくでもあるランドール・ローレンス・ウォーターハウスという青年が、友人のアビ・ハラビーたちとともに、情報通信に関する新しいビジネスに挑戦していく様子を描いたものである。

 ローレンスとランディ、それぞれの時代における中心人物たるこのふたりが、じつは世代を隔てた血縁関係にあることは、それぞれのファミリーネームが共通していることからも、比較的初期の段階で察することができるものの、物語の導入部でわかってくるのはその程度のもので、このふたつの物語がどの段階でつながってくるのかという点について、読者はおそらく相当長いあいだじらされることになる。もちろん、符合となる要素は無数にある。その最大の要素が、「クリプトノミコン(暗号書)」というタイトルにもあるように「暗号」であることは間違いないが、ローレンスのほうが、敵側の暗号文書の解読にたずさわる任務にあたっているのに対し、ランディのほうは、インターネットによる情報通信にたずさわる関係上、情報の暗号化に深くかかわっており、同じ「暗号」という符合をもちながら、それぞれが正反対のことに従事しているという点は、非常に興味深いものがある。

 ローレンスの物語には、かつてプリンストン大学で親しかったイギリス人数学者のアラン・マスシン・チューリングとともに、英米合同の分遺隊に配属され、敵側に自分たちの暗号が筒抜けになっているという事実を悟られないための工作活動をすることになるのだが、それは同じく大学時代の友人であるドイツ人数学者、ルドルフ・フォン・ハッケルヘーバーが、ドイツ軍の暗号解読部隊にいることを知っているからであり、戦争によって敵と味方にわかれて情報戦を繰り広げることになってしまった親友同士の関係がどうなっていくか、という人間ドラマ的な面白さがあり、またランディの物語には、政府をふくめたあらゆる権力からの干渉に束縛されない自由なデータ貯蔵庫「データへブン」の構築、さらにそこから課税のない電子マネー構想というまったく新しい事業への挑戦と、それを妨害しようといろいろ画策してくる勢力との知恵くらべ、これもある種の情報戦としての面白さがある。それぞれの時代における、しかしその本質は変わっていない恋愛感情の進展(自分の性欲と暗号解読の効率との関係さえも数式にできたローレンスも、この恋愛感情だけは不確定要素だった)があり、また自分たちの逆境を皮肉るようなユーモア感覚があちこちにちりばめられており、ほかにも麻薬中毒になっているアメリカ海兵隊と穴掘りの得意な日本人兵士との奇妙な関係や、マッカーサーやゲーリンク、山本五十六といった歴史上の有名人の、妙に人間臭い一面など、読者を惹きつける要素には事欠かない本書であるが、ある意味本書のもっとも本書らしい点として、そうした様々な要素が、まるで難解なクロスワードパズルのように複雑な関係性を構築している、というのが挙げられる。

 つまり、本書のもっとも核となる部分はたしかに存在するにもかかわらず、本書をかなり読み進めていっても、埋まっていくクロスワードパズルのマスは、いっけんするとその核とは無関係の部分であり、個々としての要素は興味深いものの、なかなかそのなかに隠されたワードが見えてこないのだ。ランディたちがフィリピン沖で発見した大戦中の潜水艦と、ローレンスが調査することになる座礁したUボート、そのなかに発見された金塊の存在、それまで知られていなかった特殊な暗号「アレトゥサ」と日本軍、そしてその解読を試みるローレンスとの関係、さらに、その暗号がランディの生きる現代で持つことになる意味の大きさ――しかし、物語は少しずつ、しかし確実にこのふたつの時代を結びつける共通点を増やしていく。そしてある日、クロスワードパズルに隠されたワードの姿が不意に浮かび上がってくるように、それまでなかなかつながらなかった過去と現在が、あるときを境に劇的にその関係性をあらわにしていく。それはさながら暗号解読のために続けてきた地道な努力が、あるとき一気に開花するかのような感覚であり、そういう意味では、てっとり早く解答を得ようとする我慢の足りない読者には、少々酷な読書体験になるかもしれないが、しかしだからこそ、そうした努力を補ってあまりある劇的なドラマが本書のなかにはたしかに存在すると言えるのだ。

「いったいいつまでこのメッセージを秘密にしておきたいんだ?」――(中略)――「五年? 十年? 二十五年?」――(中略)――この世に悪のあるかぎり、だ。

 情報漏えいにかんしてやたら神経質で、復号に手間ばかりかかる暗号を使いたがるアビ・ハラビーになかばうんざりするところがあるものの、ランディもまた基本的には情報を暗号化し、政府などの権力者からの不当な検閲には対抗しようとする立場をとっている。そんな彼が、ふとしたきっかけから祖父ローレンスがかかわっていたとされる暗号の存在を知り、その解読という作業にとりかかることになる。それは、これまでのランディの物語上の立場としてはまったくの逆の行為となるわけだが、その行為によってはじめて明らかにされるローレンスの過去において、彼もまたそれまでの立場とはまったく逆の行為――すなわち情報を暗号化し、上層部から隠蔽するという行為に手を染めていたことがわかってくる。そしてこのときはじめて、人はなぜ情報を隠そうとし、またなぜ隠された情報を解き明かそうとするのか、その行動原理の裏に隠されている、いかにも人間臭い感情のドラマを読者は垣間見ることになる。

 数多くの魅力的な物語的要素によって成り立っている本書ではあるが、そのもっとも基本にあったのは、けっきょくのところ時代を超え、世代を超えてつながっていく人々の意思の強さだと言うことができる。「暗号」という技術が人々をへだてる壁ではなく、人と人の間にたしかにかけられていく橋として機能していく様子を描いたこの長い長い物語は、まさにその変換の瞬間を楽しむための物語でもある。(2006.11.15)

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