【宝島社】
『クラッシュ』

楡周平著 

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 今や地球上のあらゆる場所を覆い尽くそうとしているネットワーク網――しばしば人体の血管にも例えられるその壮大なネットワークの便利さと、その裏にひそむ危険性、といったテーマは、どうやら物書きにとっては非常に魅力的なものに映るらしい。井上夢人の『パワー・オフ』は、自己進化するコンピュータ・ウィルスを扱ったものだし、スティーブン・キャネルの『殺人チャットルーム』は、ネットワークにつながるどんなコンピュータにも侵入できるハッカーを扱っている。涼元悠一の『青猫の街』もまた、コンピュータ・ネットワークを取り扱った物語だった。
 だが、コンピュータによってあらゆるものが管理され、インターネットといった大規模なネットワークによって繋がってしまった私たちの世界がいかに脆く、それゆえに危険なものであるかを切実なまでに表現できているのは、おそらく本書『クラッシュ』をおいて他にはないのではなかろうか。

 最新鋭の技術を駆使して製造されたハイテク旅客機「AS−五〇〇」――その心臓部とも言えるフライト・コントロール・システムが、何者かによって改竄され、フライト途中で操縦不能に陥ってしまう。しかも、システムを復活させるには、インターネットのあるホームページに掲載されているパズルを解かなければならない、という犯行声明がアメリカのテレビ局に届けられる。メディアの手によって公開されたホームページに殺到するアクセス、だが、これこそ犯人の真の目的であったのだ……。犯人がどんな理由で今回の犯罪を企て、どんな手段を使ってそれを実行に移し、そしてそれによって航空関係のさまざまな人や各メディア、そしてあたり前のようにインターネットを利用している人々や、はてはごく普通の一般市民に到る者たちがどんなふうにまき込まれていくのか――刻々と変化していくさまざまな場所での状況が、著者独特の律儀なまでに細かな構成によって、一本の確かな物語として綴られている。

 この楡周平という作家がすごいのは、どんなに壮大な――それこそ国家の存亡にかかわるようなストーリーを書き上げるときも、ある特定の人物への思い入れを意図して廃し、あくまで第三者の視点を崩すことなく、さまざまな角度からストーリーを取り上げることで、物語全体を肉付けしていくことができる、という点に尽きるだろう。同著者の『Cの福音』を読んだときにも感じたことだが、ハードボイルド的な文章構成を得意とする著者の作品は、そのストーリーの規模が大きくなればなるほどその威力を発揮すると言える。

 それにしても本書を読んでいくと、あらためてネットワークは人体の組織に類似しており、なぜウィルスやワクチンといった言葉がコンピュータ・ネットワークの世界で使われるようになったかを実感させられる。あらゆる業種のコンピュータがネットによってつながり、電子メールが仕事をこなすのに必要不可欠になりつつある私たちの世界――もし、そのネットワークを破壊するようなサイバー・テロが起きたとしたら……。しかも、それはけっして物語の世界だけの話ではないのだ。

「火はあらゆる面において人類の発展、文明の発展に寄与してきました。しかしその火ですら、使い方によってはとんでもない悲劇をもたらします。その典型的な例が原子力です。私はね、マサ。インターネットの出現は火というよりも、原子力の出現と似ているように思うのです。――(中略)――ただこの二つの決定的な違いは、原子力は普通の人間にはそう簡単に扱えないけれど、インターネットは年端もいかない子供にも自由に扱える点にあるのです」

 本書には、前作『クーデター』で活躍した川瀬雅彦も登場する。すなわち、本書は『クーデター』の続編ということになるのだろうが、もちろん前作など読まなくても充分楽しめる作品であることは間違いない。本書の物語でおこった一連の事件――それはまさに『クラッシュ』という言葉以外に表現のしようのないものであろう。(1999.06.04)

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